久しぶりに御大、筒井康隆の新作を鑑賞しました。
おそらくは3.11にインスパイアされて描かれた滅びの予感を実験的に描いたと思われる、「聖痕」です。
1973年、この世のものとは思われぬ美貌をもって生まれた5歳の童子、葉月貴夫は、その美貌に取りつかれた醜い男に襲われ、睾丸ごと生殖器を切り取られてしまいます。
真にショッキングな出だしです。
ここから、葉月一家は貴夫の身に起きたことをひた隠しにすることに精根を込めます。
貴夫はますます美しく成長し、それは神々しいほどです。
ために言い寄ってくる女や男は引きも切らず、しかし性欲の源を失った貴夫は性欲というものが理解できないまま、唯一の快楽、美食に走り、食品会社での開発を担当したのち、自分のレストランを持ちます。
そこには美食を求める紳士淑女が出入りする、秘密の隠れ家の様相を呈し、しかも会員制の特別室では、男女の紹介などが行われ、それは性欲を持たない貴夫なればできたことかと思われます。
じつに多くの癖のある男女が登場し、わきを固めます。
そして、3.11の悲劇。
さらに、思いがけない、長い年月を経て偶然出会った犯人との対峙。
題材は面白いと思うのですが、後半がだらだらしています。
特に成人するまでの貴夫をめぐる淫欲うずまく人々の醜悪な行動が下世話な興味をそそっていたところ、社会人になってからはほとんど描かれることなく、シェフとしての成功が淡々とつづられます。
ほとんど退屈です。
そして実験的に用いたと思われることさらに古い言葉の羅列とその解説には、苛立ちすら覚えます。
最後、被災地に食事を供するために向かい、そこで偶然犯人と出会うのも唐突です。
聖痕とは、もともと磔になったキリストの傷跡のこと。
性器を失ったその痕を聖痕に例えるのは暗示的ではありますが、小説としての完成度にはやや難があるものと思われます。
おそらく、御大の失敗作として記憶されることになるでしょう。
しかし御大になっても、自分のスタイルに固執せず、実験的な作品を紡ぎ続けるその姿には、頭が下がる思いです。
![]() | 聖痕 |
筒井 康隆 | |
新潮社 |