現在、50人以上の従業員を抱える事業所は、2%以上の障害者を雇用する義務があり、これを怠った場合、障害者雇用納付金を納めなければなりません。
逆に、2%を超える障害者を雇用している場合、納付金から調整金が支払われます。
つまり、有能な障害者を多く雇えば、社員として会社に貢献するばかりでなく、会社に調整金が入るという仕組みです。
障害者は、身体・知的・精神、なんでも構いません。
で、長期病気休暇を取っている時、障害者手帳を取得できれば障害者雇用となり、クビにされにくいんじゃないかと思って、医師に相談したことがあります。
本当は、精神障害者2級をとれば月17万円貰えるので、働かずに食っていけると思い、2級を目指したのですが、主治医は2級も3級も認めず、診断書を書いてくれませんでした。
「きちんと治して社会復帰しましょう」と言うばかり。
その時は恨めしく思いましたが、職場復帰して4年も経ってみると、主治医は長年の経験から、精神障害者手帳を取得するような重篤な患者では無いと見抜いていたことが分かります。
私の職場にも、足が悪いため、杖をついて歩いている障害者雇用枠の職員がいますが、結構戦力になっているように見受けられます。
もちろん、肉体労働は無理ですが、デスクワークであれば健常者と変りません。
以前、知的障害者を労務作業などのために雇用したことがありますが、こちらは数カ月で退職してしまいました。
ほとんどが事務職か研究教育職の職場では、居心地が悪かったものと想像します。
また、自助グループで知り合った統合失調症の患者に、清掃の仕事に就いている者がいます。
この人、何年もアルバイトを転々としていたところ、障害者向けの職業訓練を受け、一度に色々なことを言われるとパニックに陥ることから、決まり切った場所を決まり切った手順で行う清掃が向いているだろうと言うことで、あるホームセンターに就職したのです。
これが見事にあたり、週4日、1日4時間の勤務をもう何年も続けています。
幸いだったのは、清掃会社に就職しなかったこと。
清掃会社では、依頼があればどんな建物でも清掃するため、手順がその都度変ってしまいますから。
障害は個人の問題ではなく、社会的な問題だと言っていた人がいます。
わが国でバリバリ働く有能なサラリーマンでも、環境や習慣によってはたちまち生きることに障害が生じる、というわけです。
例として、サラリーマンがアフリカの狩猟採集民の社会に放り出された場合を挙げていました。
火を起こすこともできず、狩りの方法も知らず、水を汲む体力さえなく、命の危機にさらされるだろう、と言うのです。
つまり、病気や能力だけの問題ではなく、社会が障害を持った人をうまく使いこなせばよい、という発想ですね。
そうすれば、社会は大勢の労働力を得、障害者は給料や、場合によっては意欲や生き甲斐を感じることができるでしょう。
しかし、まだまだほとんどの事業所は障害者を受け入れるノウハウを持っていないのが現状です。
どういう仕事をやらせればいいのか、どういう時に調子が悪くなるのか、そういったことをうまく把握して使いこなすのはなかなか難しいものです。
特に知的と精神の場合、使いづらいというのが人事担当者の本音ではないでしょうか。
片足が無いだけなら、デスクワークを行う上では健常者となんら変わりませんが、突然泣き出したり怒りだしたり、しょっちゅう休む精神障害者や知的障害者は、健常者には空恐ろしく感じるでしょう。
障害者雇用は、皮肉なことに第1次大戦及び第2次大戦の結果、飛躍的に進みました。
多くの若者が戦病死し、なおかつ生き残った者も体や心に傷を負ったため、障害者を雇用する以外に人材がいない、という現実が起きたわけです。
しかし、風俗習慣が異なる場所に行けばだれでも障害者になってしまう、という先の話を思い起こせば、私たちは誰もが障害者なのであって、ことさら障害者手帳を持っている人を特別扱いすることは間違いであると、思い知るべきでしょうねぇ。
あぁ、今からでもいいから精神障害者2級が欲しいですねぇ。
収入はがた減りしますが、働かずに17万円は、ほぼ完治している私には夢のような話です。