隠遁への願望

思想・学問

   秋もずいぶん深まって、今日は初冬の寒さです。
 なんとなく、寂しい季節ですね。

 叶わぬ夢と知ってはいますが、秋も深まってくると、隠遁への願望が心中深く湧き起ってきます。

 俗にして髪なし、と半隠遁の旅の姿を自嘲したのは松尾芭蕉でしたか。

 沙門にもあらず、俗人にもあらずとおのれを述べたのは、禅坊主でありながら和歌や漢詩、書をたしなんだ良寛でした。
 宗教者というより芸術家ですね。

 鴨長明も西行も、出家して隠遁しながら、精力的に芸術的活動にいそしみました。

 秋は、私をしてこれら隠遁者、宗教者の仮面を被った芸術家の生き方に、憧れを抱かしめるに十分な力を持っているようです。

 しかし、私はしがないサラリーマン。
 出家して隠遁しながら芸術的活動に励むなど、夢のまた夢です。
 それは路上生活者にまっすぐに堕ちていく道でしかありません。

 せめては定年後の隠遁生活に希望を持って、まだ長い現役生活を乗り切るしかありません。

 もし十分な蓄えがあれば、隠遁できるのに。


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