今、インターネットの普及によって見ず知らずの人とコミュニケーションをとることは、当たり前になっています。
今から26年前、1984年に書かれた「電話男」は、電話によって赤の他人たちとのコミュニケーションを図り、それによって彼我ともに癒される存在を描いて秀逸です。
電話男(電車ではありません)は、日がな一日電話の前で、悩める人々からの電話を待つのです。
それはテレクラのような会うことを目的としたものではなく、ただ電話があり、電話男がいて、電話が鳴るのです。
彼らは闇の存在ですが、同じく闇に住むテロリストの標的になっていきます。
対面でのコミュニケーションを阻害する不逞の輩として。
人とのコミュニケーションを求め、それがはかないことを知って絶望する、そして、テロリストに狙われる。
今日のインターネット社会を凌駕する切なくて残酷な物語が、ユーモアを交えつつ加速度をつけて展開されます。
これは某文芸誌の新人賞を受賞しましたが、ずいぶん評価が分かれたそうです。
しかし時代は「なんとなく、クリスタル」だとかニュー・アカデミズムだとかが流行っていました。
斬新なものが受け入れられる素地があったのでしょう。
あのバブルの予兆に沸く時代を駆け抜けたもののなかで、この作品は歳月に耐え、今も異彩を放っています。
発表当時、私は15歳。
震えるようにページを繰ったのを鮮やかに思い出します。
その後、何度読み返したかしれません。
私は現代作家のなかで小林恭二という人は、確かな古典の素養を武器に斬新な文学を貫く異能の人だと思うのです。
![]() | 電話男 (ハルキ文庫) |
小林 恭二 | |
角川春樹事務所 |
![]() | なんとなく、クリスタル (新潮文庫) |
田中 康夫 | |
新潮社 |