今日は2月26日ですね。
思い浮かぶのは、日本近代史上最大のクーデター事件、2.26事件です。
これは陸軍の青年将校の過激分子が、下士官兵に演習と偽って動員をかけ、政府要人を暗殺し、昭和維新の断行を叫んだ事件です。
老いた重臣たちを君側の奸と決めつけ、問答無用で殺害してまわる、怖ろしい事件でした。
しかしこの事件、今になって思えば、決定的な欠陥があります。
昭和陛下が自分たちのやむにやまれぬ心情を理解してくれるものと勝手に思い込んでいたこと。
まともな頭があれば、そんなことありうるはずがないことぐらい分かりそうなものを。
現に青年将校たちに同情的な態度を見せる陸軍幹部を前に業を煮やし、昭和陛下は、朕が自ら近衛師団を率いて賊軍の鎮圧にあたらむ、と激高したため、陸軍も青年将校たちを国家に対する反逆者として扱わざるをえなくなってしまいました。
クーデターを本気で成功させたいのなら、どこよりも先に皇居を占拠し、昭和陛下がどうしても青年将校に抵抗した場合、昭和陛下を暗殺し、新たな天皇を立てるより他、方法はありません。
青年将校の理論的指導者、北一輝もそのように考え、事件の一報を聞いた時、皇居を占拠していないことを知り、クーデターの失敗を確信したそうです。
後に北一輝も死刑に処せられます。
裁判は秘密裏に行われ、一審のみ、弁護人なし、という苛烈を極めるもので、法廷で自らの主張を述べたて、世論の沸騰を待つという最後の戦略も許されませんでした。
事件の首謀者の一人、磯部浅一は、獄中日記に、昭和陛下を責める激烈な言葉を残しています。
天皇陛下、何という御失政でありますか。何というザマです。国民の9割は貧苦にしなびて、おこる元気もないのでありますぞ。此のごとき不明を御重ね遊ばすと、神々の御いかりにふれますぞ、如何に陛下でも神の道を御ふみちがえ遊ばすと、御皇運のはてることもございます。余は方案のためには天子呼び来れども舟より下らずだ。
また、同じ獄中日記に、
何にヲ!殺されてたまるものか、千万発射つとも死せじ、断じて死せじ、死ぬことは負ける事だ、成仏することは譲歩することだ、死ぬものか、成仏するものか、悪鬼となって所信を貫徹するのだ。
と、恐るべき執念と怨念を見せています。
通常軍人が銃殺刑に処せられる場合、天皇陛下万歳を唱えるのが当然ですが、磯部浅一は無言だったそうです。
昭和陛下への怨念は崇徳院や平将門など、怨霊のスーパースターにも匹敵する、激烈なものだったようです。
しかしそれもこれも、子どものように昭和陛下が自分たちの考えに共鳴すると勝手に信じ込んだゆえ。
おのれの幼稚さをこそ呪うべきでしょう。
三島由紀夫の「英霊の聲」には、特攻に散った英霊などとともに、2.26事件に連座して刑死した者たちも英霊として登場します。
英霊たちが戦後日本を嘆くのに、何を最も嘆いたかと言えば、昭和陛下の人間宣言です。
昭和陛下が人間なのは当たり前のことですが、わが国は天皇を人間を超えた存在と規定する虚構のうえに成り立っており、その虚構が崩れた時、わが国はわが国ではなくなってしまうと信じたのでしょう。
「英霊の聲」のラスト、英霊たちが声をそろえて、
などてすめろぎは人となり給ひし、などてすめろぎは人となり給ひし
と繰り返す場面は、三島由紀夫に英霊が乗り移ったかの如き迫力があります。
現に英霊の依代となった若い神主は、英霊たちの凄まじい瘴気に触れ、英霊の聲を伝えた後、息絶えてしまいます。
今、自衛隊や警察が実力でもって国家転覆を謀るとは考えにくいですが、かつてのオウム真理教のように、魔術的な思考に陥って、冷静さを失い、ほとんど馬鹿げているとしか言いようがない暴挙に出る者が存在します。
多分それはどんな平和で暮らしやすい世の中でも、ある一定の割合で必ず存在するのだと思います。
そういう連中には教育や説得はまず効果はなく、力で抑えつけるしかないでしょうねぇ。
残念なことですが。
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