このところ新聞などは、天安門事件から25年だと騒ぎ立てていますね。
まさに今日、6月4日が25年にあたるそうです。
1989年当時、私は大学2年生でした。
ソビエト連邦の崩壊、東欧諸国の民主化などが進み、いよいよアジアの共産主義国も民主化に向かうのだと、本気で信じていました。
その矢先に起きたのが、天安門事件でした。
やっとアジアにもその時が来たと思ったものです。
ちょうど私と同世代の中国の学生らが戦車や自動小銃を携えた兵士に対峙していました。
わが国はバブルの真っただ中。
世間では派手に遊び狂う人々が闊歩していましたね。
一方、わが国では当然に認められている基本的人権や民主的政治、結社や表現の自由を求めて中国の学生らは立ちあがったわけです。
それは感動的ですらありました。
しかし、中国政府は情報をひた隠しにし、未だに事件の犠牲者数さえ、定かではありません。
今も外国に渡って活動を続ける当時の学生がいるなか、事件後に生まれた世代がすでに成人を迎え、社会に出て働いています。
今、中国は経済的にも軍事的にも巨大な国家に成長し、しかしオツムの中は前世紀の帝国主義時代のままに、周辺諸国と紛争を引き起こし、チャイナ・リスクという言葉ももはや聞き慣れたものになってしまいました。
この異形の大国が今後どこへ向かうのか、隣国の民である我々も注意深く見守る必要があるようです。
25年前のあの惨事で犠牲となった方々すべてのご冥福をお祈りいたします。