15年

社会・政治

  昨日は9月11日。

 9月11日といえば、米国を襲った9.11テロを思い出します。
 2001年に起きたあの忌まわしいテロ攻撃から、早いもので15年が経つのですね。
 おぎゃあと生まれた赤ん坊は、もう中学三年生ですか。

 あの日、結婚から3年目の私は、遅い夏休みを取り、東北旅行から帰って、疲れて早寝しました。
 テレビを見ていた同居人から、大変なことが起きている、とたたき起こされたのでした。

 テレビでは繰り返し、2機の旅客機が、世界貿易センタービルのツインタワーに突っ込む映像が流れていました。
 そのうえ、その後ツインタワーは崩落。
 それを見た中東のイスラム教徒が踊りながら喜んでいる映像が印象的でした。
 人は価値観の異なる人々の凄惨な死を、怪我を、喜ぶのですね。
 慄然とせざるを得ませんでした。


 1機目の時は、機長がおかしくなって起きた事故かな、と思いましたが、2機目が突っ込むに及び、これは人為的な攻撃だと、誰もが思い知らされることになりました。
 さらに国防総省も狙われ、大規模な同時多発テロであることが判明しました。

 あの晩は腰を抜かすほど驚きました。
 自由の名のもとに世界を支配する巨大帝国の中枢が、いともたやすく攻撃を受けたのですから。

 その後、あの有名な、1999年の7月に恐怖の大王が空から降りてくる、というノストラダムスの予言は、9.11テロを幻視した結果ではないか、という風説まで流れました。
 ノストラダムスが生きた時代には飛行機なんてありませんでしたから、幻視したイメージを表すのに、恐怖の大王という言葉以外思いつかなかったのだろう、と。
 また、時制の不一致は誤差の範囲ということで。 

 それはさておき。

 その後米国はアフガニスタンに侵攻し、さらにはイラクに言いがかりをつけてイラク戦争へと突入し、米国内ではイスラム教徒に対する差別や嫌がらせが社会問題になりましたね。

 わが国は下駄の雪のようにどこまでも米国についていく姿勢をみせました。
 毎度のことで悔しいですが、それしか生きる道が無い以上仕方ありません。

 9.11以前と以降では、世界が変わってしまいました。

 世界、特に先進国は国家間の戦争という危機をほぼ克服したかに見えましたが、テロとの戦いという、国家間の戦争以上に難しい局面に立たされました。

 それは、いつどこで、誰が誰に対して牙を向くか判らないという恐怖に世界中の人々が怯えながら暮らしていかなければならないという、誠に不幸な世界です。

 わが国ではイスラム過激派による大規模なテロは今のところ発生していませんが、わが国が米国の同盟国である以上、そのリスクは極めて高いと言わざるを得ません。
 東京オリンピックは狙われること必定と見るべきでしょう。

 それにしても人間というもの、本当に争いが好きなんですねぇ。
 人気の大河ドラマ「真田丸」でも、戦や権謀術数の限りを尽くす戦闘集団である人々の姿が生々しく描かれ、それを視聴者は喜んで見ているわけですから。

 今も、世界各地で殺し合いやテロが行われています。

 混沌とした人間の社会から争い事、いや、せめては殺し合いが無くなる日は来るのでしょうか?

 殺し合いが起きていない状態が何年か続くことはあるのでしょうが、恒久平和というのは、不老長寿と同じくらい、実現不可能な難事であるように思えてなりません。

 おそらく恒久平和は、人間が人間でなくなった時、より高い精神性を獲得して、超人になった時にしか、実現し得ないように感じます。

 そこまでの長い道のりを考えると、15年なんて、ごく短い期間なのでしょうね。

 もっとも、超人となって、生命に対する新たな、そして効率重視の冷酷な倫理が生まれ、より残虐な生き物に変化してしまう可能性も大いにあり得ますが。 


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