今、NHKの番組で、選択的夫婦別姓についての問題を取り上げています。
誠に馬鹿馬鹿しい。
姓など、単なる記号に過ぎません。
夫婦が同じ姓を名乗ろうが、別の姓を名乗ろうが、どうでも良いことです。どちらかを強制する、その強制が間違いです。
夫婦別姓に反対する人は、まるで、日本人全員が夫婦別姓になるかのような言い方をします。大きな間違いです。ことは、「選択的」なのです。それぞれの夫婦が、選べるのです。
そして、私の推測では、多くの夫婦が同姓を選択します。なぜなら、日本人は「みんな一緒」が大好きだからです。別姓を選ぶ人は、むしろ少数派として、差別にあう可能性が高いでしょう。それが子供に及ぶのは哀れである、という考えはもっともですが、それも社会のあり方の問題、というより数の問題でしょう。別姓が増えれば、今度は夫婦同姓の子供が、変な家、といって差別されるでしょう。
夫婦同姓は、人間の家族文化の普遍的な価値ではありません。むしろ、近世以前の日本においては、庶民の多くが、姓などもっていなかったのです。それを、夫婦同姓は日本古来の文化のように錯覚するのは、愚かというより馬鹿馬鹿しいことです。
そもそも皇族には苗字がありません。なんちゃらの宮、というだけです。天皇にいたっては、それさえありません。今上陛下の名前は、明仁です。苗字もくそもありません。熊さん八つあんと一緒です。
苗字などという馬鹿馬鹿しい記号ごときで、大々的に集会を開いたり、大論文を書いたり、阿呆くさくて付き合いきれません。
それぞれ勝手にすればよいのです。
馬鹿馬鹿しい
