第2弾

社会・政治

 またもや事業仕分けなる政治ショーもしくは集票活動が行われましたね。

 事業仕分けというのは、じつは各省庁で何十年も継続して行われています。その事業が必要か、予算に無駄はないか。国の機関は常に会計検査院やかつての行政監察庁(今の総務省)から、厳しくその存在意義を問われ続けています。

 私は十数年前、お茶の水女子大学で契約事務を担当していましたが、その頃から、現代において国が女子大学を運営する必要性を、再三再四、文部科学省から問われ続けました。
 確かに、昔と違って、女性でもかつて男子校であった幾多の名門大学に入ることができますし、その研究教育の内容はすぐ近くに在る東京大学に比較もできません。しかしそれでも、文部科学省は当大学の存在意義を十年以上にわたって問い続け、廃止することはありません。廃止したら、すべてが途切れてしまうからでしょう。

 たとえば農林水産省が所管する農業者大学校が、廃止と仕分けされました。わずか30分 で。それはなぜか。他に似たような教育施設があるからだそうです。
 それならば、日本には総合大学が一つあればよいことになります。多くの大学は、似たような事業をやっています。似たような事業を行う研究教育施設が複数あるからこそ、そこに競争が生まれ、切磋琢磨して優れた業績を生むのです。
 
 事業仕分けなるものが教育や国防などの重要政策に対して行われ、そのわずかな判断ミスが、五十年・百年後のわが国を危うくするのです。

 国会議員というのは哀れなもので、数年ごとに選挙が行われ、その身分は明日をも知れません。山崎拓のような大物でさえ、落選の憂き目にあいました。
 明日をも知れぬ身分であれば、遠い将来の国家像よりも、次の選挙の当落が気になるのは仕方ないことかもしれません。
 そして国会議員は、パフォーマンスやバラマキで国民の人気を得られると思っている節があるようです。しかしわが国民の投票行動や世論調査を見てみると、国民はじつに冷静で賢いことがわかります。

 借金漬けのわが国を救うため、正直に増税を主張し、必要ならば巨額の予算を教育や国防に費やすような国家百年の計を述べれば、日本人はそれを支持すると思いますが、いかが?

 蓮とかいう議員の写真集が出ているようです。
 笑い話に見てみたらどうですか?
 

Ren H ̄o―蓮舫写真集
武藤 義
ワニブックス

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