じつは、時々奇妙なものが見えます。
多くは、普通の人物。
でも、数秒で消えてしまうのです。
初めてそういう体験をしたのは16年前。
精神病を発病する10年も前のことで、一人暮らしを始めたばかりのアパートに痩せた男が現れました。
それも突然に。冬場、こたつにあたってテレビを見ていたときに、テレビの横に突如その男は現れ、物言いたげに私を見るのです。
腰が抜けるほど驚きましたが、別段恐怖は感じませんでした。ただ、驚いただけです。
私は最初ベランダから男が侵入したのかと思い、「出ていけ」と怒鳴りました。十秒ほども私を見ていたでしょうか。
ふっと、消えてしまいました。
不思議な現象ではありましたが、怖くもないし、物理的被害もなかったので、大して気にもとめませんでした。
二回目は、それから4年後、北海道のある温泉旅館でした。
そのときは30前後の女で、夜中に現れました。それは鬼女の形相で私に襲いかかろうとしましたが、私は強い気迫で、「やってやろうじゃねえかっ」と叫び、戦闘態勢を整えると、やはり十秒ほどで消えてしまいました。
この時はかなり恐怖で、その後眠ることができませんでした。
夜明けとともにチェックアウトしました。
精神病を発病してからはそういうことが頻発していますが、いつも、普通の人間にしか見えず、突如消えてから、それと気づくのです。
怖い、ということもありません。
別にこちらに危害を加えるわけではありませんし、悪意も感じません。
石ころが道に転がっているように、蹴飛ばせば転がるように、そいつはそこにいて、気がつくと消えてしまうのです。
精神科医に相談したこともありましたが、精神科医は幻覚とも何とも説明しませんでした。
よくあることだし、説明しようとしても合理的な説明は不可能だから、気にしなくてよろしい、とのことでした。
それがどういう現象なのか、私にはわかりませんし、わかりたいとも思いません。
ここに私が生きて在る不思議を思えば、大したことではありません。
在るから見えるのではなく、見えるから在るのだとすれば、物事の実態など、理解できないことです。
仏教の唯識では、世界は各個人にとってのイメージであると言います。
ただ通常の無意識の奥に、マナ識とアラヤ識を置いて、世界と意識を重層的にとらえているため、難解にも思えますが、考えてみれば、当たり前にも思えます。
世の中のあらゆることは、瞬間瞬間に生まれ、滅んで、常に変化しています(刹那滅)。そうすると実態があるものはこの世に存在せず、ただ各個人が感じるイメージ(識)が、繰り返す刹那滅を実在するもののごとくとらえているということになります。
そうであってみれば、幽霊だろうと妖怪だろうと、イメージがとらえれば、それは家族の存在が確からしいのと同じ程度の確度で存在が確からしい道理です。
そう言えば、私が時折見るものが幽霊だとすると、幽霊にも寿命がありそうです。せいぜい平安時代くらいまで。縄文人とか弥生人とか、ネアンデルタール人とかは、見たことがありません。
ホラー映画や怪奇文学でも、そこまで昔の幽霊は出てきませんね。
あんまり遡ると、単細胞生物まで行っちゃいますし。
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