職場復帰して1年3カ月。
淡々と日々を過ごすのは誠に平穏で、素晴らしい日々です。
しかし欲を持つのが人間。
物足りなくもあります。
こうしてただ生きていけば、平穏ではあるもののつまらなくもあり、先は見えています。
古人のほとんどがそうであるように、私もまた、老いて死に、冷たい石の下で忘れ去られていくのでしょう。
それはまた、私の望むところでもあります。
私がこの世に生きて在ったという痕跡をすべて洗い流して、時の流れとともに忘れ去られたい、という欲求は常に失うことがありません。
その一方、生きて在った印を、この世に永遠に残したい、という大それた欲求をも忘れられないのですから、私と言う者、つくづく因業に生まれついているものと見えます。
たれかまた 花橘に 思ひいでむ 我もむかしの 人となりなば
新古今和歌集に所収の藤原俊成の和歌です。
私もむかしの人になり忘れられれば、たちばなの花が咲いても誰も思いだしてくれないだろう、というほどの意味かと思います。
橘は夏に小さな花を咲かせるので、これは夏を詠んだ歌でもあります。
生命力が溢れ、しみじみとした風情が似合わない夏の歌に仮託して無常感を謳い上げた、心憎い演出を感じさせる歌でもあります。
しかし藤原俊成は、千載和歌集を編んだ当時一流の歌人として、今も忘れられていません。
源平の争乱の時代を生き、齢90ちかくまで生きた長命の人でもありました。
政治家にも、大臣なんかになると、短い在任中にこれを仕上げた、というような手柄を求めて焦る人がいますね。
何事もないほど良いことはないのに。
それもまた、自分が○○大臣であった証しが欲しいのでしょうか。
でも究極のところ、この世に生きた最大の証しは、子孫でしょうねぇ。
自分のDNAが何百年、何千年と、広がっていくのですからねぇ。
「老いてこそ人生」に拠れば、石原慎太郎が初めて子どもを授かったとき、当代を生きる者として、縦に遺伝子をつないだことで、安心したそうです。
一人石原慎太郎の子というばかりではなく、はるか昔から続く歴代ご先祖様のDNAを次代につないだのですから、義務を果たしたように思ったのでしょう。
私は、ご先祖様には申し訳ないですが、DNAを次代につなぐことができませんでした。
私の人生に決定的に欠落しているものは、私の遺伝子を受け継ぐ者の存在でしょう。
しかしこればっかりは自分一人ではどうにもならないのですから、諦めるより他に手はありません。
やれやれ。
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