「舞姫」といえば、言わずと知れた森鴎外初期の名作であり、高雅な擬古文調で詠いあげられる悲恋の物語です。
私はこの作品を思い出すと、ある居心地の悪さを感じます。
私が通っていた高校では、二年間ですべてのカリキュラムを終え、三年生になると細かいコース別のクラス編成となり、しかも三年生は毎日午前中のみで下校。
午後は自主的に勉強せよ、という意味ですが、神宮外苑という好立地から、渋谷だ新宿だへふらふらと遊びに行く者も多かったですね。
私も含めて。
私が選んだ科目の組み合わせの結果入ったクラスは、女子が40人、男子が5人と、極端に偏っていました。
もちろん、物理や数学など理系コースに行くと、私のクラスとは真逆の現象が起きています。
学校全体の男女比は5:5でしたから、二年生までは男女同数、三年生になると男子ばっかりのクラス、女子ばっかりのクラス、ほぼ同数のクラスと、ばらばらになるのです。
で、その女子ばっかりのクラスで、現代国語の時間に、おじいちゃん先生が「舞姫」を選んだのです。
学習指導要領で定められたカリキュラムは終わっているので、先生は好き勝手にやりたい題材をもってきます。
「舞姫」といえば、日本からドイツに国費留学しているエリート官僚が、ドイツの下層階級の少女と恋に落ち、同棲して妊娠までして、エリート官僚が帰国すると聞いて少女は気がふれてしまい、エリート官僚は複雑な心境で日本に帰ってくる、という話です。
例えば男子校だったら、この手の悲恋も下品なジョークで笑い飛ばしたりできましょうけれど、お年頃で自意識過剰の少年にとって、女生徒ばかりのクラスで悲恋物はなんともいたたまれないほど恥ずかしく、先生に男の子の意見も聞いてみよう、なんて言われて指名されたら、もうどうしてよいやら分からない、という状況に追い込まれました。
純情だったのですねぇ。
それにしてもおじいちゃん先生もお人が悪い。
そんな居心地の悪い思い出を抜きにすれば、文章の香り立つような雅、かちっとした擬古文、予定調和的ともいうべき物語展開と、作り物めいた浪漫主義の始まりのような名作です。
最後の文章がぞっとさせます。
エリスと恋に落ちたがために職を失ったエリート官僚が元の役所で働けるよう尽力しくれた友が、エリスにエリート官僚がやがて帰国することを説明してしまったことに、面白くない思いを抱いているのです。
相沢謙吉が如き良友は、世にまた得がたかるべし。
されど我が脳裡に一点の彼を憎む心、今日までも残れりけり。
おっかないですねぇ。
世に恋愛を題材にした文学や美術、映画などはあまたありますが、多分100冊の恋愛小説を読むより、一度でも恋を経験したほうが、面白いし、人間を学べるんじゃないかと思います。
![]() | 阿部一族・舞姫 (新潮文庫) |
森 鴎外 | |
新潮社 |
![]() | 舞姫 (まんがで読破) |
森 鴎外 | |
イースト・プレス |
![]() | 現代語訳 舞姫 (ちくま文庫) |
山崎 一穎,井上 靖 | |
筑摩書房 |
にほんブログ村
↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!