寒い曇りの休暇。
出かける気になれず、小林恭二の「短歌パラダイス」を読みました。
小林恭二というと小説家であり、俳句もよくする俳人でもあり、というイメージがありますが、和歌にも強いんですねぇ。
これは某日、熱海の旅館で行われた現代を代表する歌人たちによる歌合せの報告です。
歌合せとは、すなわち歌合戦。
二手に分かれたチームの歌人が和歌を詠み合い、審判である判者(はんじゃ)が双方の意見交換を聞いた上で優劣を決するというものです。
詠む人を方人(かたうど)、自チームの応援のため意見交換の際、自チームの和歌を褒め、敵チームの和歌をけなす人を念人(おもいびと)と呼ぶそうです。
意見交換に方人は参加できませんが、方人と念人は交代しますので、二つの役割をこなしながら、チームのみなが和歌を詠み、判定されるというわけです。
当然のことながら、自チームの和歌が劣っていると思っても、念人は自チームの和歌を褒めなければなりません。
このあたり、おのれの思想と関係なく、与えられた意見を主張するディベートに似ています。
弁護士なんかとも似ていますね。
室町時代くらいまでは盛んに行われ、「七十一番職人歌合」などの歌集も編まれています。
大の大人がわずか三十一文字の短い歌を肴に、良いの悪いの、語感がどうの新味に欠けるのと喧々諤々の大議論。
これでは判者もたまったものではありません。
判者の判定の如何に関わらず、面白い歌を拾ってみます。
連綿と 海老の種族を生み出して わがプラネットのくすくす笑ひ 井辻朱美
お題は海。
海老を海老とそのまま捉えるより、生物すべてと捉えると、地球がくすくす笑っているというユーモラスな詠調も違って感じるでしょう。
富士額 恥づるが如く学帽を ふかくかむりて 少年われは 小池光
お題は額。
富士額は普通は女性、それも美人の条件をさす言葉ですが、ジェンダーの曖昧な少年期なればこそ、この倒錯した言葉遣いも生きてきましょう。
やや感傷に走っている感じもしますが。
パラシュート ひらきし刹那 わが顔の ステンドグラス 荒天に見ゆ 水原紫苑
お題は難題で、パラシュ-ト。
難題らしく、難解な歌が詠まれました。
パラシュートが開いた瞬間、自分の顔のステンドグラスが荒れた空に見えた、というわけですが、そもそも荒天にパラシュートを使うというのはよほどの非常時であるうえ、自分の顔のステンドグラスが空に浮かぶはずもなく、これは超現実の世界を詠んだ歌と解釈せざるを得ません。
しかし不思議と、そんなことが起きそうなのが、荒天のパラシュートという設定でしょうねぇ。
和歌にはシュールレアリスムの分野もあるんですねぇ。
とても全部はご紹介できないので、目についたものだけ。
「短歌パラダイス」、わがくにびとが長い間文芸の主役として積み上げていった和歌の歴史を知りながら、現代歌人のリアルな声を聞くことができる、なかなかの名著とみえました。
![]() | 短歌パラダイス―歌合二十四番勝負 (岩波新書) |
小林 恭二 | |
岩波書店 |
![]() | 七十一番職人歌合;新撰狂歌集;古今夷曲集 (新 日本古典文学大系) |
岩崎 佳枝,高橋 喜一,網野 善彦,塩村 耕 | |
岩波書店 |
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