台風

思想・学問

 台風が日本列島に接近中とか。
 千葉市も激しい雨が降り、風が吹いています。

 台風が近づくとなんとなくわくわくするのはなぜでしょうね。
 台風なんかでびくともしない、現代のマンションに住んでいるからでしょうか。
 「サザエさん」なんかは台風が近づくとマスオさんや波平さんがドアや窓に木の板を打ち付けたりしていますが、もうあんなことをしている家はごくわずかでしょうねぇ。
 窓はサッシになっちゃいましたからねぇ。

 「古事記」によれば、風の神、志那都比古神(しなつひこのかみ)はイザナギ・イザナミの子どもで、風の神とされています。

 風の神です。

 
風は神の息と考えられ、古くは神聖なものととらえられていたようですが、風害の頻発などから、邪悪なものと転じていったようです。


 風は邪気を運ぶものであり、邪気は風に乗ってどんな小さな隙間にでも入り込み、疫病や風邪を流行らせました。
 風は古来から怖れられていたのですね。
 台風なんてその親分のようなものですから、怖ろしいに違いありません。

 風神と聞いて誰もが思い浮かべるのが、俵屋宗達「風神雷神図」でしょうねぇ。

 下がそれです。


 荒ぶる神々を、こんなに鮮やかに、美的に描き出した絵画はそうはないでしょうね。

 自然災害を神の怒りと怖れ、菅原道真平将門崇徳院お岩様など、非業の死を遂げた人物の祟りを怖れるのは、そんなに昔のことではありません。
 明治天皇は御自ら700年以上前に亡くなった崇徳院が眠る讃岐の山中の殯宮(もがりのみや)へ出向き、謝罪して許しを請い、京都に新しい陵を建立してお帰りいただき、もって戊辰戦争で薩長軍ら朝廷方に仇を為すことがないようひたすらに魂鎮めを行ったのです。

 今、NHK大河で「清盛」が放映されていますね。
 視聴率は悪いようですが、なかなか重厚な作りで、私は好んでみています。
 崇徳院も登場しますが、あまり印象が強くありません。

 崇徳院は、保元の乱で後白河天皇と対立して敗れ、讃岐の山中に配流され、そこでは爪も髪も伸び放題、ひたすら朝廷を呪詛し、生きながら鬼になったと言われる日本最強の怨霊です。
 清盛が熱病で狂い死んだのも崇徳院の呪力のせいだと噂されたとか。

 そんな風に人々は目に見えない怨霊や自然を司る神々の怒りを怖れ、ひたすらお祈りして怒りを鎮めようとしました。
 全国にある天神様も菅原道真の怒りを鎮めることが当初の目的。
 そしてねんごろにお祈りしたなら、今度は学問の神様として人々に利益をもたらすのです。

 荒唐無稽と言ってしまえばそれまでですが、日本人が長いこと魔的なものを怖れ、それに対するに戦いではなく、祈りに依って魂鎮めを行ってきたことを、忘れてはなりません。
 戦えば互いが相手を恨む気持ちはますます強くなり、魔的なものは力を倍加させるでしょう。
 しかしどうか御心を鎮めてくださいと祈れば、いつの日か魔的なものは回心してこの世に福をもたらしてくれるかもしれません。

 台風で電車が止まる事態になれば帰宅命令が出るのにな、自分は車だから関係ないし、早く帰れてうれしいな、なんて思っているようでは、風の神の荒ぶる魂は鎮まるはずもないのですよねぇ。

古事記 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)
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もっと知りたい俵屋宗達―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
村重 寧
東京美術

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