秋の夜の酒

文学

 今週は月曜日が秋分の日でお休みだったせいか、短く感じました。
 それでも、金曜日の夜飲む酒はひときわ旨いですねぇ。

 秋から冬にかけて、酒の味が一段上がるように感じるのは不思議なことです。

 そうであってみれば、ロシアなどの寒い国でアルコール摂取量が多く、インドや東南アジアなどでは低いというのもうなづけます。

 憂あり 新酒の酔に 託すべく

 ある時は 新酒に酔て 悔多き


 いずれも夏目漱石の句です。

 新酒とは、秋に新しい酒が出来たことから、秋の季語とされています。
 今で言えばボジョレー・ヌーボーみたいな感じでしょうか。
 夏目漱石と言う人、よほど愁いを帯びていたらしく、句をよくしましたが、明るい句とてありません。

漱石俳句集 (岩波文庫)
坪内 稔典
岩波書店

 一方、難解で幻想的な長編小説を多く残した小説家、石川淳も句を残しています。

 鳴る音に まず心澄む 新酒かな

 こちらは憂愁の気配は感じられず、純粋に新酒を楽しもうと言うウキウキ感が感じられて、微笑ましく思います。

 石川淳の小説には感じられない、素直さですね。
 案外常識的な人だったのかもしれません。

 わが国の多くの小説家や文芸評論家は、石川淳を正当に評価出来ていないように思います。
 シニカルな三島由紀夫でさえ、石川淳の小説への論評を巧妙に避けています。

 日本古典や仏書漢籍に通じながら、フランス文学の研究者でもあった石川淳という怪物を、扱いかねているように感じます。

 江藤淳は、石川淳の作品群を、一言、「あほだら教」と称して一顧だにしませんでした。
 それは一つの見識でしょうねぇ。

 しかし私は、江戸文学風の軽妙洒脱な文体で、幻想的な内容を、しかも深い精神性で描く石川淳の作品群を、近現代の日本文学の最高峰だと思っています。

 特に「紫苑物語」は、その白眉であると言ってよいでしょう。
 漱石鴎外を読むより、石川淳を読むほうが教育的効果は高いと思われます。

紫苑物語 (講談社文芸文庫)
立石 伯
講談社

  私は今、金曜日の夕刻を、ささやかな開放感とともに、ちびちびと酒をやっています。

 至福の瞬間ですねぇ。

 ふと、何度読み返したか知れない、「紫苑物語」を再度ぱらぱらめくってみたくなりました。
 秋の金曜日、酒と一緒に読む「紫苑物語」は私に無上の喜びをもたらしてくれるに違いありませんから


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