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ジャポニスム

今日は暑いなか高速を飛ばし、世田谷美術館へ出かけました。 せいぜい40キロに満たない都心部と違い、片道65キロ。 少々疲れました。 砧公園の中にある美術館なので、格安で砧公園の大駐車場に停められるのはありがたいですねぇ。 お目当ては、「ボストン美術館 華麗なるジャポニスム」展です。 日頃、印象派の絵画を好まない私ですが、幕末から明治にかけて、流行と言うより狂乱、とまで、欧米の美術評論家に言わしめた日本美術への欧米人の熱狂振りが、彼ら自身の美術にどう影響を与えたのか、見てやろうと考えたわけです。 想像以上に影響を与えたようでした。 まんま浮世絵を模写したような絵画から、モチーフだけをパクッて油絵にしたのまで。 ただ、日本人の目から見ると、やはりどうしてもどこか滑稽な、架空の日本が描かれていたような気がします。 まぁ、無理もありませんが。 またしても和装で出かけ、私自身が展示物と化してしまいました。 帰りは車をとめて、そのまま近所の魚屋に行き、活ヒラメの刺身と魚屋自家製の中落ちを手に入れました。 ここにも何度も和装で出かけていますが、大将、いつもでっかい声で「粋だねぇ」と叫ぶので、少々辟易...
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明治工芸の粋

今日は日本橋の三井記念美術館に出かけました。 お目当ては、「超絶技巧! 明治工芸の粋」展です。 車を都営八重洲地下駐車場にとめ、ぷらぷら歩いて美術館を目指しました。 あんまり陽射しが強かったので、途中、高島屋で帽子と手ぬぐい2本を購入しました。  しめて2万5千円の散財です。 着物で出かけたので、とても堅気には見えなかったらしく、何度も二度見されました。  こんな感じです。 浴衣姿の男女は時折見かけましたが、夏の着物をまとった男は一人も見ませんでした。 わが国本来の衣装なのに、嘆かわしいことです。 展覧会は、工芸というだけあって、じつに手の込んだ、細工の細かい象牙や金細工、漆工などが並んでいて、しかも明治時代ということでわりと保存状態が良く、ほとんど新品のようで、ため息がもれました。 しかも、知らずに行ったのですが、着物割引というのがあり、1,000円のところ700円で入場できました。 ただ、いわゆる芸術作品とは違い、何か心をわしづかみにされるような力強さは感じられず、残念でした。にほんブログ村 美術館・ギャラリー ブログランキングへ
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川本喜八郎人形展とシャヴァンヌ展

晴天に恵まれた土曜日。 渋谷に向かいました。 ヒカリエの「川本喜八郎人形展」とBunkamuraで開催中の「シャヴァンヌ展」を観るためです。 車を京葉道路から首都高速3号線へと走らせ、散歩をも楽しむため、あえて神宮球場駐車場に駐車しました。 ここは1時間500円。 本当は1時間400円の日本青年館に停めたかったのですが、残念ながら満車。 それでもこの辺りのコイン・パーキングは1時間800円が当たり前なので、まずまずです。 国立競技場では高校サッカーを開催しており、大変な人出でした。 神宮外苑から表参道方面へと裏道を歩くと、筒井康隆邸が。 堂々と表札を出していました。 先日「偽文士日碌」を読んで表参道に住んでいることは知っていたのですが、細かい場所までは知らず、偶然見つけてしまいました。 良い場所に住んでいますねぇ。偽文士日碌 (角川書店単行本)筒井 康隆KADOKAWA / 角川書店 さらに渋谷へと歩き、ヒカリエで牛タン定食を食いました。 結構なボリュームで、飯は半分ほど残しました。 続いて同じヒカリエにある展覧会場へ。 無料と言うことで、ごく狭い会場でしたが、鬼気迫る人形達に圧倒され...
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夢は見るものではなく、かなえるものだ、という言説を時折耳にします。 私はこの言説に、ひどい違和感を覚えます。 私がイメージする夢とは、日がな一日温泉に浸かって過ごしたいとか、毎日凧揚げをして暮らしたいとか、釣り三昧の毎日を送りたいとか、浮世離れしたものです。 しかるに、多くの人が語る夢は、プロ野球選手になりたいだとか、流行歌手になりたいだとかいうものです。 それは夢と呼ぶにはあんまり生臭過ぎはしませんか? それは夢と言うより、理想の職業とでも呼ぶしかないものでしょう。 純粋さが感じられません。 かつて私は小説家として売れて財を成したいと思っていました。 それはやはり、夢というよりは野心、野心と呼ぶよりは野望、さらには欲望であろうと思います。 私が今夢に描くのは、それこそ夢のように美しい耽美主義の絵画に接したり、この世ならぬ予感に満ちた小説や映画などの物語に耽溺したりして、浮世離れした美や恐怖に溺れながら、夢とも現ともつかぬ世界に浸り、現実を忘れて生きることに他なりません。 かつては私自身がこの世ならぬ物語を作るのだと、野望に燃えていましたが、それはあんまり面倒くさいことです。 この世に...
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モローとルオー 聖なるものの継承と変容

雨の土曜日、首都高速を飛ばしてパナソニック本社内にある汐留ミュージアムに出かけました。 お目当ては、「モローとルオー 聖なるものの継承と変容」展です。 ギュスターブ・モローは、私が最も偏愛する絵描きです。 ジョルジュ・ルオーは、フランス国立美術学校でモローが教授を務めていた頃、最も才能を高く評価した愛弟子です。 2人は頻繁に手紙のやり取りをし、「わが子、ルオー」、「偉大なる父」と呼び合う、互いの才能を認め合う師弟でした。 モローは印象派全盛の19世紀末のフランスにあって、ギリシャ神話から題材を採った絵画や、わずかですがキリスト教の宗教画など、およそ印象派とは正反対の、神秘的で耽美的な絵を多く残した、象徴主義の巨匠とされています。 わが国では今も印象派が大人気ですが、解せません。 印象派の絵は健康的に過ぎ、どうも肌に合いません。 一方弟子のルオーは、敬虔なキリスト教徒として、宗教画を多く残しました。 2人の作品群を今日じっくり見比べて、私は圧倒的にモローの絵に惹かれました。 モローの絵の前では、10分でも20分でも立ち尽くしてしまいますが、ルオーの絵の前には1分といられません。 主持ちの...
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