その他 孤独な営為
町村元衆議院議長が逝去されました。 70歳であったとか。 東大を出て通産省に入省し、その後政治家としてあまたの要職を歴任したパワー・エリートでした。 功成り名を遂げた人と言って良いかと思いますが、亡くなるときは呆気ないものです。 野垂れ死にする半端なヤクザ者も、功成り名を遂げた人も死を前にしては平等なのでしょうか。 もちろんパワー・エリートにはこれからたいそう立派な葬儀が行われるのでしょうが、それがなんだというのでしょう。 立派な墓に入ろうと、多くの人が悼もうと、無縁仏になった人と、何の変わりもありません。 死者が千の風になって吹き渡っているとは思いませんし、墓地や慰霊碑を大事にしてきたわが民族の死生観は尊重されるべきではあろうとは思いますが、人の死に接して、私にはいずれも生きている者の自己満足に過ぎないような気がして仕方ありません。 それは考えてみれば当然で、我々は死が如何なる事態か全く理解できないわけですから、現世を生きる者が想像可能な方法で死者を弔ったり、死後の世界に思いを馳せたりするほか何もできません。 うつ状態がひどい時、自殺願望を口にする私に、精神科医は、「何もしなくても、...