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宮城野親方(元白鳳)

宮城野親方(元横綱 白鳳)が相撲協会に退職届を提出したそうですね。 私は小学生の頃からの相撲好き。 子供の頃は北天祐と琴風が好きでした。 白鳳は強すぎるというか、現役時代は優勝しまくっていたので、逆に好きではありませんでした。 それに、得俵に足がかかるほどうしろに下がって立ち合いを決めたり、自身の優勝の際に客に万歳三唱を求めたり、横綱としての風格に欠ける、強いだけの相撲取りでした。 もちろん、勝負事ですから勝つことは重要です。 勝たなければ番付も上がらず、給料ももらえませんから。 しかしそれにしても、品が無いというか、外国人差別をするつもりはありませんが、外国出身力士には相撲の精神性が分からない者がいるのではないかと思います。 宮城野親方、弟子の暴力事件を不問に付したことで親方としての資質に欠けるとされ、部屋ごと失ってしまいました。その後伊勢ケ浜部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていましたが、次期伊勢ケ浜が元横綱、照ノ富士に引き継がれることになってから、腐っててしまったのではないでしょうか。 宮城野部屋の再興も未だみとめられませんし。 しかし国に帰れば英雄です。 仕事はいくらで...
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バブルの終わり

長い一週間の勤務を終え、金曜日の夜を迎えました。 一週間のなかで最も気分が落ち着く日です。 家でちびちびとウィスキーなどの度数の高い酒を割らずに舐めるように飲むのが楽しみです。 ビールやチューハイは腹が張るので苦手です。 就職したばかりの頃はバブルの終わりの頃で、金曜日に予定もなく家に帰るなんて人では無いような扱いでした。 花金なんて言って、夜の街に繰り出すのが正しい過ごし方とされていたように思います。 私はそういった風潮に反発を覚えながら、なんとなく流されて、先輩や同僚に付き合っていましたね。 時代の空気に抗うのは難しいものです。 今は逆に家でのんびり過ごすことも良しとされるようになりました。  良い時代になったと思います。 ただし、給料は上がらなくなりました。バブルという徒花、日本経済の絶頂期に現れた儚い花だったのかもしれません。
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ただの人

選ばれてあることの恍惚と不安、二つ我にあり。 ヴェルレーヌの言葉です。 太宰治が小説に引用して人々の知るところとなりました。 私はこの言葉に軽い嫉妬を覚えつつ、憧れも感じます。 恍惚と不安を感じるほどの自負とはどこから出てくるのでしょうね。 十で神童十五で才子二十過ぎればただの人ということわざがあります。 幼い頃、多くの子供が才能豊かに見えるのはよくあることです。 子供自身も、中二病というか、過剰な根拠の無い自信をもってまわりを馬鹿にしたりするものです。 私自身がそうでした。 私の場合、二十歳を過ぎてとうにただの人になっているのに、自分はひとかどの人物だと思い込んでいました。 愚かなことです。 精神障害を発症した36歳になってやっと、そんな自信は雲散霧消しました。  と言うか、ただの人ですら無くなり、精神障碍者になってしまったのだから、発病当初の悲嘆は、うつ状態であったことを差し引いても、ひどいものでした。 その後、良くなったり悪くなったりしながら、しかし螺旋階段を上がるように、快方に向かっていきました。 その時の私の目標は、平凡なただの人になること。 しかしそのただの人になることが当...
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蛇行する自転車

昨日今日と忙中閑ありという感じでした。 今日は午前中、職場のゲストハウスに置いてある自転車の保険の継続に自転車屋に行った以外は特にすることもありませんでした。 30年ぶりくらいに自転車に乗りましたが、強い向かい風もあり、ふらふらと蛇行してしまいました。 子供のころ覚えた自転車の運転、体が覚えていると思っていたのですが、想像以上に衰えは激しいようです。 自転車屋、片道4キロと微妙に遠く、覚束ない運転しかできない私には、永遠のように遠く感じられました。 疲労困憊した私は途中から自転車を押して歩き、職場にはタクシーで戻りました。 当然、タクシー代は自腹です、 バスで戻ればバス代がもらえるのですが、そんな気は全く起きませんでした。 こんな風にして、易々と出来たことが少しずつ出来なくなるのでしょうね。 義母は今特別養護老人ホームに入居していますが、車椅子に座り続けることさえできなくなっています。 食事の際のわずかな時間と同居人が訪問した際の30分のみ車椅子で、あとはベッドに横になっています。 だんだんと表情が乏しくなり、生きているのか死んでいるのか、いずれにせよこの世とあの世を行きつ戻りつしてい...
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アマゾンを貼る実験

アマゾンは以下のとおり貼れましたが、商品の画像が出てきません。実験は成功のような失敗のような、モヤモヤします。双極性障害 (ちくま新書)
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