文学 冬の蠅
師走も下旬に入り、寒さ厳しくなってきました。 以前、蕪村の冬の句を取り上げて、冬ごもりの幸せな文学を紹介しました。 そこで今日は、冬の文学の中でも、陰惨なイメージのある梶井基次郎の「冬の蠅」を取り上げます。 所収は新潮文庫の「檸檬」から。 病気療養のために山中の温泉に長逗留している主人公。 居室には、冬だというのに蠅がいます。 冬の蠅は弱弱しく、日向ぼっこしているときだけ元気がよさそうに見えます。 弱弱しい蠅は、病で衰えた主人公自身の投影でしょう。 蠅と日向ぼっこしている主人公は、同時に太陽を憎んでもいます。 病鬱の主人公にとって、太陽は健康の象徴であり、それにあやかりたいと思いながら、憎まずにはいられないのです。 ある日、主人公は郵便局に行った帰り、通りかかった乗合自動車に乗ってしまいます。 そして夕暮れ時、山中におりて、次の温泉地までの道のりを歩き始めます。 自身を歩き殺す気概をもって。 港のその町に三日ほど滞在して、元の山中の温泉宿に戻ります。 すると、蠅が一匹残らずいなくなっています。 主人公は愕然とします。 あの冬の蠅は自分が暖房を焚き、日光を部屋に入れるそのおこぼれにあず...