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散歩・旅行

日本橋高島屋SC

昨日は新装成った日本橋高島屋に出かけました。 今までは日本橋高島屋と名乗っていましたが、今後は、本館・新館・東館・時計館合わせて、日本橋高島屋SCと名乗るそうです。 SCはショッピングセンターの略。 しかしそうはいっても、ららぽーとやイオンモールのような巨大さは無いわけで、あくまで老舗のデパートとして頑張るしかありますまい。 百貨店離れは想像以上に進んでいるようです。
その他

迷い

月曜日から金曜日まで、長い長い5日間がやっと終わりました。 明日から3連休。 少しだけ、ほっとします。 就職して27年目になりますが、5日間連続して勤務するということに慣れません。 毎朝、今日はずる休みしよう、と思いますし、毎晩、明日はずる休みしたい、と思います。 そんな気持ちをぐっと堪えて働いてきました。 働かざる者食うべからず、と申します。 食うべからず、というよりは、食えなくなる、と言ったほうが正しいような気がします。 食うためとはいえ、よくもつまらぬことを続けてきたものだと、我ながら感心します。 しかし、客観的にみれば、私はマシなほうなのでしょうねぇ。 共働きで安定収入があり、金のかかる子供もいない。 マンションのローンも終わったし、貯金もそこそこある。 現代の日本社会では、マシなほうだというのは分かっています。 しかし主観的には、最下層で貧困に喘いでいるような気分でいます。 それというのも、仕事がつまらなくて給料が安いからでしょうねぇ。 仕事にやりがいがあれば、薄給でも耐えられるのかもしれません。 また高給をもらえれば、仕事がつまらなくても良しとせざるを得ません。 つまらなく...
精神障害

雅子妃殿下、ご快方へ

雅子妃殿下のご病状が劇的に快方に向かっている、とのニュースにふれました。 40歳で適応障害を発症し、15年。 一時は昼夜逆転の生活を送っておられたとか。 適応障害というのは、ストレスの原因が明白である場合のうつ状態のこと。 ストレスの原因とは、まさしく、東宮妃殿下というお立場にあるということそのものでしょうから、私は離婚して皇室を離れなければ快癒は難しいだろうと思っていました。 それが、15年を経ての朗報。 びっくりするとともに、本当に良かったと思います。 服薬は続けるものと推測しますが、ストレスにさらされ続け、それを乗り越えたというのは、驚愕すべきものです。 私は10年も前に、精神障害を克服して復職を目指す人々が集まるリワーク・プログラムというのに参加しましたが、適応障害の人もたくさんいました。 彼らは、職場の理解を得て、元の部署とは異なるところへ異動する、という形でストレスを避け、復職していきました。 そんな彼ら彼女らを見ているからこそ、雅子妃殿下の回復は真にめでたいと思います。 しかし、近々皇后陛下におなりあぞばすことを考えると、油断はなりません。 そのストレスは、東宮妃殿下の比...
その他

ノスタルジー

50周年のせいか、1968年という年が、密かなブームになっているようです。 私が住む千葉市の、千葉市美術館では、近く、「1968年 激動の時代の芸術」という展覧会が開かれる予定。 お隣の佐倉市に在る国立歴史民俗博物館では、「1968年ー無数の問いの噴出の時代ー」という企画展示が最近終わりました。 1968年がどういう年であったのか、私はリアルタイムでは分かりません。 生まれる前の年ですから。 しかし団塊の世代の人々にとっては、青春時代真っ只中で、とても郷愁をそそるのでしょうね。 一方、「ダンシングヒーロー」が女子高生のダンス部によって再ブレイクを果たすなど、1980年代も注目を浴びています。 私は1969年生まれですので、1980年代といえば、多感な青春時代を過ごした時代で、ノスタルジックな思い出がつまっています。 結局、人は自分が青春時代を過ごした時代を最も鮮明に覚えていて、そこにノスタルジーを感じるのでしょうね。 しかし、1980年代を実際に生きていた頃、私はどこか陰鬱な気持ちでした。 時折訪れる激しい高揚感と、日頃の陰鬱な気持ちの間で、ただ、時を無為に過ごしていたように思います。...
その他

貴乃花親方、引退、でいいんですか?

貴乃花親方が相撲協会に引退届けを出したそうですね。 それで良いんでしょうか。 私は若貴フィーバーの頃からこの人を見続けてきました。 宮沢りえとの婚約会見から、ほどなくして破局。 兄、若乃花との不仲。 それでいて、一代年寄をもらえるほどの大活躍。 私は正直言って、現役時代の貴乃花関が嫌いでした。 かつての北の潮関、現在の白鳳関など、強過ぎる横綱は悪役になるものですが、この人の人気は衰えることがなく、私はそれが気に入りませんでした。 しかし、親方になってからは、一本筋の通った、骨のある人だと、尊敬するようになりました。 弟子が暴行を受けたとされる一件でも、この人は権力者と言うべき相撲協会理事長を相手に堂々と対峙し、最低ランクのヒラ年寄への降格と言う処分をも粛々と受け入れ、虎視眈々と次の一手を狙っているのだろうと、期待していました。 ところが、このたびの引退。 もう戦う気はない、と記者会見で言っていましたね。 なぜ戦わない? 自分が正しいと信じるのなら、相撲協会に残り、徹底的に戦うべきです。 尻尾を巻いて逃げ出すのですか? 弟子達が相撲に専念するにはおのれが引退するしかないみたいなことを言っ...
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