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映画

メモリー 殺戮のビジョン

昨夜はDVDで「メモリー 殺戮のビジョン」を鑑賞しました。 殺戮のビジョンというサブタイトルがついていますが、残虐シーンや殺害シーンはありません。  ある秘境の部族に伝わる粉。 この粉は強力な幻覚作用があり、部族ではその粉を摂取すると先祖の目を得て、過去の出来事をありありと見ることができる、と信じられています。この部族の調査をしていた人類学者が瀕死の状態で病院に担ぎ込まれ、認知症の研究をしている医師が患者に接触したことで、粉を吸引してしまいます。 人類学者は全身に粉を塗っていたのです。 すると、医師は不思議なビジョンに悩まされるようになります。 突如気絶するように眠りこけ、少女を誘拐しては仮面を作り、殺害する犯人の目で、犯罪を見るのです。 それも何度も繰り返し。 それは30年前から始まり、現在もなお続く未解決の連続少女殺人事件でした。 前半、やや単調なのですが、後半になって物語が一気に進みます。 観ていて追いつけないほどです。 数々の謎が提示されては解決されていきます。 最後は正統派ホラーのような厳粛さがありました。 デニス・ホッパーがパッケージにアップで写っていますが、出番はあまりな...
社会・政治

非実在青少年

東京都が青少年健全育成条例を改正しようとしているそうです。 なんでも漫画やゲームなどの性描写を規制すべく、それらの登場人物を指す非実在青少年なる造語まで作って、これを取り締まるとか。 ちばてつやや永井豪ら大物漫画家がこぞって反対しているそうです。 珍妙ですねぇ。 石原慎太郎先生はその昔「太陽の季節」をひっさげて既成の価値観を破壊すべく華々しく文壇にデビューしたのに。 国会議員をやって、大臣をやって、都知事にまで上り詰めたら、今度は検閲をやろうというのでしょうか。 昔からお上は検閲や焚書が大好き。 小説家でも権力を握れば表現の自由を弾圧するのですね。  憲法21条は検閲を禁止し、表現の自由を保障しています。 一方、刑法175条はわいせつ図画等の頒布を禁じています。 両者は矛盾します。 その場合、上位の法律である憲法の規定が優先されなければならず、刑法175条は廃止すべきでしょう。私は、わいせつだろうが芸術だろうが、暴力的だろうがテロリズムを奨励していようが、表現の自由は無制限であるべきだと考えています。 下品なポルノもまた、人間精神の運動の現れです。 その自由な精神活動を封殺してはいけま...
社会・政治

仲井真沖縄県知事再選

沖縄県知事選挙、現職の仲井真知事が再選を果たしましたね。 愚かな鳩が何の成算もないまま「国外、最低でも県外」と連呼し続け、やっぱり無理でしたとばかり政権の座を放り出し、後は良きにはからえとは、一国の総理がやることではありますまい。 仲井真知事はもともと辺野古移設に賛成だったのに、民主党政権が県外を主張し続けたため、反対にまわってしまいました。 伊波候補は沖縄から米軍基地をなくそうということでしたから、仲井真知事のほうがマシですが、しかしここまでこじれた問題を決着させるのは容易ではありますまい。 日本・アメリカ・沖縄の思惑が複雑に錯綜して、何が何やらわからなくなってしまいました。 理想を言えば、米軍にはすべてお引き取りいただいて、日本の国は日本が守るべきだとは思いますが、歴史的経緯や現在の日本の軍事力を考えると、悔しいですが米軍に居てもらわないと困ります。 中露及び北朝鮮という危険な国に囲まれて、自主防衛は夢のまた夢です。  しかし、本当に日本が危機的状況に陥ったとき、米軍は助けてくれるのだろうか、という疑念を持たざるを得ません。 尖閣諸島なんか中国にあげちゃいな、そこまで面倒みきれない...
散歩・旅行

紅葉

秋も深まり、冬の匂いさえ感じられるこのごろ。 関東南部の千葉県でも紅葉の見ごろを迎え、成田山に紅葉見物に出かけました。 まずは成田駅から新勝寺までの長い参道をぶらついて、漬物屋や煎餅屋を冷やかしました。 そうこうするうちにお昼ちかくになり、成田山にお参りするときには必ず立ち寄る鰻の店、川豊へ。 11時40分ですでに行列ができていました。 店先で鰻をさばき、蒲焼にするため、良い香りが漂ってきます。 成田に鰻屋はたくさんありますが、もっとも繁盛している店です。 うな重上と肝吸いで2100円と、お財布にやさしい価格です。 腹がくちたところで成田山へお参りです。 本堂では護摩を焚いてお経をあげていました。 あの長い袈裟に燃え移ったりしないんでしょうかねぇ。 七五三の子供たちが大勢千歳飴をぶら下げていました。 成田山新勝寺の裏、成田山公園が紅葉のスポットです。 赤や黄色に色づいた葉が、私を迎えてくれました。↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
映画

パラノーマルアクティビティ 第 2章 TOKYO NIGHT

昨日は久しぶりに映画館に足を運びました。 「パラノーマルアクティビティ 第 2章 TOKYO NIGHT」を鑑賞しました。 第一作はサンディエゴで同棲するカップルの物語でしたが、今回は東京都杉並区で暮らす姉弟の物語。ぐっと身近になりました。 父親は長期出張中で、母親はいないようです。 姉の部屋でラップ音や物が勝手に動くなどの超常現象が頻発。 やがてそれは弟の部屋でもリビングでも、所かまわず発生するようになります。 神主によるお祓いを受け、その後4日間は何事もなく、お祓いは成功したかに思いますが、5日目から再発。 しかも今度は姉の肉体をあやつるようになります。 そして、悲劇的な結末。 最後まで相手の正体や意図はわからないままです。 だからこそ恐ろしい。 浪人の弟とOLの姉との会話がじつに自然です。  前作との関係は、姉がサンディエゴを旅行中、前作の被害者と不幸な接触をしていること。 おそらくそのとき、何者かが前作の主人公から姉に憑依したものと思われます。 前作以上の衝撃はありませんでしたが、舞台が身近な東京ということで、すんなり入れました。「パラノーマルアクティビティ 第 2章 TOKY...
映画

ラマン

昨夜DVDで「ラマン」を鑑賞しました。 恐怖映画やサスペンスばかり観ている私には珍しく、15禁の官能的な映画です。 17歳の誕生日、ある少女が三人の中年男と愛人契約を結びます。 その理由は明らかにされませんが、全体の印象からは、一種の自分探しのようなものであろうと予感されます。 ミステリアスな少女は素性を明かさず、中年男たちによってハナコと名付けられます。 男たちは、それぞれA・B・Cと記号で名乗ります。 男たちはあらゆる時、あらゆる場所で少女の肉体を求め、まるで少年のように無邪気にその遊戯を楽しみます。 そして18歳の誕生日、少女は男たちから去っていきます。 少女の偽悪めいた心のひだが、詩情豊かにつづられます。 難をいえば、男たちがはしゃぎすぎな点でしょうか。 「ラマン」といえば、1920年代のフランス領インドシナを舞台にした貧しい15歳のフランス人少女と裕福な中国人実業家の青年との性愛と交流を描いた映画が有名ですね。 こちらはずいぶん昔、映画館で観ました。  どちらも単にロリコン的関心にとどまらない文芸作品に仕上がっています。  中年になって思うのですが、少女愛にしろ少年愛にしろ、...
美術

村上隆

ニューヨークの感謝祭のパレードに、村上隆作の巨大風船が華を添えた、というニュースに触れました。 少し前、ベルサイユ宮殿で個展を開き、フランスで大ブーイングが起きましたが、客の入りは上々だったようです。  インパクトがありますからねぇ。  等身大の巨乳美少女フィギアだったり、浮世絵をモチーフにした絵画だったり。 今日本でもっとも注目されている美術家でしょうね。 なんでも東京藝術大学日本画科出身者では初めて博士号をとった理論家でもあるようです。 ご本人はマティスのような天才にはなれないけど、ウォーホールやピカソくらいにはなってる、というような強気の発言をしています。  その自信家ぶりがまた素敵です。  謙虚な芸術家なんて、黒い白馬みたいな言語矛盾にさえ感じます。  いわゆるヲタクの人たちからはかなり嫌われているらしいですねぇ。  まず、ヲタクの物だった美少女フィギアをパクって、しかもそれが高値で売買されている上に、現代美術家のほうがヲタクより偉そうだから、とあるサイトで解説されていました。 大体新しいことを始める人はどんな世界でも非難されるものですから、関心をもってもらえればそれだけであり...
思想・学問

バグ

昨夜「ハート・ロッカー」を観ていて、つくづく思ったことがあります。 お前が悪い、というのが一神教徒の癖のようだ、ということです。 しかもキリスト教徒とイスラム教徒の戦いという、手に負えない石頭同士の争いであればなおさら。  ゆらぎがないというか、善悪二元論というか。 仏教や儒教をはじめとする東洋思想では、物事を相対的に見ようとしますね。 この世を作った神様だのアッラーだのを頑なに信じれば、どうしたってそれを信じない人が悪いことになり、現代民主主義社会が最も大切にする多様性を認めることから離れて行ってしまいます。 いわば一神教徒の脳は、バグを起こしたコンピュータのようなもの。 己一人が正しくて、違うものは教化するか滅ぼすか、そういう発想になってしまいます。  アフリカ、コートジボアールでは、フランスの植民地だったため、自らの言語を失い、今は誰もがフランス語で話しています。 コートジボアールの言語学者が、元々持っていたコートジボアールの文化や社会秩序を保つための装置と、フランス語という言語から受けた文化的影響とが齟齬を生じ、精緻に作られていた伝統的社会システムが破壊され、しかもフランス風の...
映画

ハート・ロッカー

昨夜、DVDで「ハート・ロッカー」を観ました。 大ヒット作「アバター」を抑え、アカデミー賞6部門を受賞した戦争大作です。  2004年、イラク。 爆発物処理班の若い兵士三人が死と隣り合わせの危険な任務についています。 勇敢というより無謀な班長。 班長と対立する慎重派の黒人兵。 死を極端に怖れ、精神的に不安定な若い白人兵。 映画は、戦争物とは思えないほど、静かに、淡々と進みます。 爆発のシーンや戦闘シーンはありますが、オリバー・ストーン監督の名作「プラトーン」に見られるようなリアルな迫力も、フランシス・コッポラ監督の異色作「地獄の黙示録」に見られるような戦場の狂気も、感じさせません。 そこに爆弾があり、米兵がそれを処理する様が、まるで事務員が電卓をたたくような単調さで描かれるのです。 正直、面白い映画ではありません。 当たり前かもしれませんが、米兵を美化していて、イラクの庶民への同情が感じられません。 ただ、今もイラクやアフガニスタンで、こうしたことが行われていることを思うと、どんなホラー映画よりも怖ろしく感じられます。ハート・ロッカー ジェレミー・レナー,アンソニー・マッキー,ブライア...
文学

憂国忌

今日は憂国忌ですね。 あれから40年。 三島由紀夫は戦後の日本に絶望し、自衛隊に決起を促した後、それがかなわぬと知るや、森田必勝を伴って割腹自殺をとげました。 しかし三島由紀夫が求めた美しい日本は、過去にも現在にも、そしておそらく未来にも存在し得ない理想郷。 それがかなわぬ夢だということは、三島由紀夫自身がよく知っていたに違いありません。  彼は張りぼての城のような、作り物めいた耽美的な文学世界を築き上げました。 おのれの作品だけでは満足できず、この日本国をも、自らの美意識に従う張りぼての美的国家に変化させようとして、失敗しました。 しかし失敗は予想のうち。 失敗した後は自らの人生を美的作品に仕立て上げるため、割腹という方法で自死を遂げたのでしょう。 いわば、美の道化。 彼が道化であったことは、「仮面の告白」を読めば自明です。 そしてそれは、彼が忌み嫌った太宰治の「人間失格」となんとよく似ていることでしょう。 彼はどこまでいっても文学者で、決して政治の人ではありませんでした。 彼は見事に美の道化を演じきった、不世出の文学者でした。 不幸なことに、彼の政治的主張は、ついに入れられることは...
精神障害

凡人

復職してそろそろ7カ月になりますが、病状は非常に安定しています。 落ち込むこともないし、上がることもない。 不安は朝方少し感じますが、ひどいときは頓服の抗不安薬ワイパックスを飲んでしのいでいます。 他に、抗うつ剤としてジェイゾロフトとリフレックスとドグマチール、抗躁剤としてリーマス、睡眠導入剤としてサイレースを飲んでいます。 休職中は頻繁に薬を変えましたが、今はいつも同じ処方です。 今の薬の組み合わせが合っていると、精神科医が判断したのでしょう。 リワーク3カ月から復職7カ月にいたるまで、同じ薬です。 こんなに長く薬が変わらないのは、発症以来初めてです。 きっと良い兆候なのでしょうね。 発症してから、私の人生観は変わりました。 文学新人賞などへの応募を繰り返していたのですが、そういうことに興味がなくなりました。 毎日働いて、給料をもらう。 ボーナスをもらったら少しだけ贅沢をする。 かつて毎日飲んでいた酒も、今は週末のみ。 週末は陽気が良ければふらふらと街に漂い出すし、悪ければDVDを観たり、本を読んだり。 あらゆることが小さくまとまりだしたように思います。 それはちょっと悔しいような気...
思想・学問

お国訛り

私は就職と同時に東京から千葉に来たのですが、まず驚いたのは、房総弁というか千葉弁というか、千葉県独特の訛りです。 千葉県は東京都と隣接していますし、高校や大学には千葉から通っている友人がたくさんいて、みな、訛りはありませんでした。 しかし千葉市よりさらに東京から離れると、明らかな訛りがあるのです。 例えば、おっぺす。 なんだか分かりますでしょうか。 押す、という意味です。 あがっべおーはどうでしょう。 風呂などから上がりましょうという意味です。 語尾にだっぺをつけたり、だおーをつけたりします。 東京方言で語尾につけるところのねやさ、よに当たるものと思われます。 日本は狭いながら地方色が豊かで方言も色々です。 一時、共通語の普及が方言を駆逐するような言われ方をしましたが、むしろ今は、テレビタレントなどが出身地の方言を使うことで人気を博したり、バラエティー番組でさまざまな方言を取り上げたりして、方言は地域文化の代表というイメージがあります。 弘前大学の言語学者が全国をくまなく調べたところ、いつも共通語を使う人は11%、いつも方言を使う人は15%、残りの74%は場所や状況によって共通語と方言...
思想・学問

死への存在

北朝鮮が韓国の島を砲撃しましたね。 二名の死者が出たとか。 金王朝はやりたい放題。 第二次朝鮮戦争に発展しなければよいのですが。  そこで、死ということを考えてみたいと思います。 生物はいずれ死ぬ運命にあるわけですが、人間だけが死を認識し、恐れます。 その恐怖を和らげようとしたのか、キリスト教やイスラム教では最後の審判で人間は生き返り、天国へ行けると説きました。 仏教でも、極楽往生とか、輪廻転生とかを説いて、死は全ての終わりではない、と説明しています。 神道では、イザナギが死んだイザナミに会いたくて黄泉の国に行く神話が描かれ、あの世とこの世が地続きになっています。 しかし近代に至って、死は絶対的な終わりであり、虚無であるとする考えが支配的になってきました。 そうなると、宗教が教える死後存在ははかないものになってしまいます。 ハイデガーは、「存在と時間」で、人間を死への存在と規定しました。 死にゆく存在という意味ではなく、いつも死を意識せざるを得ない存在という意味です。 青春を謳歌する生そのもののような光り輝く少年少女たちでさえ、死を考えたことがない、という者はごく少数でしょう。 人間は...
社会・政治

Kingsoft

先ごろ購入したDELLコンピュータは格安のため、マイクロソフトオフィスがついておらず、替わりにキングソフトオフィスがついていました。 しかしこれが、マイクロソフトオフィスとそっくり。 ていうか同じ。 マイクロソフトオフィスと互換性もあるのです。 Kingsoft WriterはWordと、Kingsoft SpreadSheetsはExcelと、Kingsoft PresentationはPowerPointと、ほぼ同じで価格が7分の1なのです。 パッケージのデザインまでそっくりです。 唯一劣っているのはAccessに相当するソフトがないことだけ。 私は家でAccessを使うことはないので、そういうソフトがなくても問題ありません。 キングソフトは中国の会社で、マイクロソフトとそっくりで互換性があることを堂々と宣伝し、急速にシェアを伸ばしています。 不思議なのは、マイクロソフト社が著作権等を主張してキングソフト社を訴えようとせず、黙認しているところ。 このまま放置すれば、価格が7分の1では勝負になりますまい。 それともブランド力でシェアを維持できると考えているのでしょうか。 消費者にとっ...
その他

生演奏

今日のお昼は、近所のイタリアンレストランでパスタとサラダのセットを食しました。 このお店は手打ち麺で、もちもちしていて美味しいのです。 店の中央にグランドピアノが置いてあって、月に数回、しょぼくれた初老のおっさんが演奏に来ます。 プロのピアニストなのか、どこぞの穀つぶしなのかは不明です。 いずれにしろ、堅気には見えません。 今日のお昼、そのおっさんの生演奏がありました。 日本の童謡などをアレンジした曲を弾いたりして、その音色は哀調を帯びたものでした。 うつがひどいころ、私は雑音がだめで、テレビのバラエティー番組などは、狂気の沙汰としか思えませんでした。 いわゆるポップスや演歌も受け付けませんでした。 そのころ唯一聞けたのが、エリック・サティのピアノ曲でした。 音よりも音と音の間の間を楽しむような、極端に音が少ないその曲調が、当時の私には心地よかったのです。 今では音にも免疫ができて、マーラーやワーグナーの交響曲など、かなり音が多い音楽を楽しむ余裕ができました。 しかしそれでも、静寂に勝る音楽はないと思っています。 世の中には絶対音感の持ち主がいて、町のざわめきやら電車の音やらありとあら...
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