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思想・学問

弥陀めに聞けば

かつてわが国には、寺院に属せず、宗派も定めず全国を修行して歩く遊行僧という坊主たちがいました。 乞食坊主と言ったほうが実態に近いかもしれません。 そんな中、木喰(もくじき)上人と呼ばれる、彫刻家にして和歌というより狂歌にちかいユーモラスな歌を詠んだ僧がいます。 仏法に こりかたまるも いらぬもの 弥陀めにきけば 嘘のかたまり 仏教者の作るものではありませんね。 仏法にこだわったって仕方ない、仏は嘘ばっかりついている、ということでしょうか。 相当なひねくれ者だったと見えます。 そして彫るものはというと、こんな感じです。     歌と一緒で、ユーモラスですね。  念仏に 声をからせど音もなし 弥陀と釈迦とは 昼寝なりけり 大胆で豪快な歌ですね。 鬼面人を驚かすが如き行いを好んだようです。 歌や仏像を見ていると、この人は宗教家というよりは、やんちゃな芸術家だったのではないかと思います。 リベラル・アートとしての芸術という概念は、明治時代に至るまでわが国には存在せず、西周がこれを藝術と訳してから、職人とは違う、おのれの魂に忠実な芸術家というものが生まれたわけで、木喰上人のごときはおそらくおのれ...
映画

JIGSAW デビルズ・ゲーム

昨夜は「JIGSAW デビルズ・ゲーム」を鑑賞しました。  殺人動画を作製、販売する殺人鬼のインタヴューに成功した映像作家。 殺人鬼の話を聞き、その動画を観るうちに、殺人鬼にのめり込み、他のことが考えられなくなります。 「ステーキを食いたければ牛を殺さなければならない。しかし多くの人は肉を食いたがるが、牛を殺すやつのことは考えない。殺人も一緒だ。殺人現場を見たがるが、自分が殺すことは考えない」 これが繰り返し語られます。 次第に殺人鬼の幻想に執りつかれる映像作家。 殺人鬼の言葉を聞き、殺人動画を観た者はみな、精神を蝕まれていきます。 自由自在に現れ、映像作家とその家族や友人を惑わす殺人鬼。 どこまでが本物の殺人鬼で、どこからが殺人鬼の幻なのか、わけがわからなくなります。 あるいは殺人鬼は存在しないのか、生霊なのか。 全身黒尽くめの殺人鬼がスタイリッシュに描かれ、観る者を幻惑します。 そして悲劇的なラスト。 良く出来た心理サスペンスです。 一見の価値ありです。JIGSAW デビルズ・ゲーム ダグラス・A・レインアルバトロス ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
文学

「高野聖」現代語訳?

かっくりげえっちゃいました。 WEB版で、泉鏡花の「高野聖」の現代語訳なるものが大枚300円の値をつけて売っていたのです。 お気は確か? 泉鏡花といったら、明治から昭和初期にかけて活躍した近代作家で、当然現代語で書かれているのですよ。 わが国の近代幻想文学の親分みたいな人で、文体は独特の流麗なもので、それを読むとほとんど生理的快感をすら覚えるような、美しい文章です。 で、WEB版の「高野聖」、購入はしませんでしたが、あらすじがHPに書いてあったので、読んでみると、要するに「高野聖」の抜け殻のようなもの。 この調子で現代語訳をしてあるのだとすれば、本物のビールが飲みたいのにノン・アルコール・ビールを頼んでしまったようなもの。                ↓      「高野聖」現代語訳の販売サイトです。 「高野聖」は高野山の一番下っ端の坊さんが、布教や勧進のため、全国を飛び回っているところ、飛騨の山中で謎の美女が住む家に一晩の宿を乞い、そこから美女の魔性に惑わされる様が、悪夢のような美しさで描き出される、幻想文学の名作です。 少々読みにくいと思っても、我慢して読んでいるうちに、必ず惹き...
文学

我もむかしの

職場復帰して1年3カ月。 淡々と日々を過ごすのは誠に平穏で、素晴らしい日々です。 しかし欲を持つのが人間。 物足りなくもあります。 こうしてただ生きていけば、平穏ではあるもののつまらなくもあり、先は見えています。 古人のほとんどがそうであるように、私もまた、老いて死に、冷たい石の下で忘れ去られていくのでしょう。 それはまた、私の望むところでもあります。 私がこの世に生きて在ったという痕跡をすべて洗い流して、時の流れとともに忘れ去られたい、という欲求は常に失うことがありません。 その一方、生きて在った印を、この世に永遠に残したい、という大それた欲求をも忘れられないのですから、私と言う者、つくづく因業に生まれついているものと見えます。 たれかまた 花橘に 思ひいでむ 我もむかしの 人となりなば 新古今和歌集に所収の藤原俊成の和歌です。 私もむかしの人になり忘れられれば、たちばなの花が咲いても誰も思いだしてくれないだろう、というほどの意味かと思います。 橘は夏に小さな花を咲かせるので、これは夏を詠んだ歌でもあります。 生命力が溢れ、しみじみとした風情が似合わない夏の歌に仮託して無常感を謳い上...
社会・政治

開拓魂

なぜ日本はあの無謀な戦争に突き進んでいったのか、という反省や分析は、よく目にするところです。 しかし、なぜ米国は、あのタフな戦争に突き進んでいったのか、という言説には、あまりお目にかかれません。 戦争は相手がなくてはできないので、こちらの事情だけではなく、あちらの事情も探ることが、今後の平和維持に役立つでしょう。 明治31年、ハワイ王国は米国に侵略された末、併合されます。 ハワイ王国は米国の脅威に立ち向かうため、同じ有色人種の日本政府との連邦化を望みますが、日本政府はこれを丁重に断っています。 また、米国がハワイを併合しようとした際には、日本人居留民保護の目的で軍艦を派遣し、米国軍艦のすぐ横に係留して米国をけん制するなど、ハワイ王国の独立維持に尽力しますが、さすがに米国と一戦交える覚悟はなく、引き上げます。  この時すでに、太平洋を挟んだ新興帝国主義国家の日本と米国は、いずれ戦う運命にあることを予感させたでしょう。 その他米国はメキシコと戦って南部諸州を併合し、スペインと戦ってフィリピンを手に入れ、グァムなど太平洋の島々を平らげていきます。 そしてその先には、日本や朝鮮、中国などのアジ...
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