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文学

 川端康成という作家はきわめて多作で、文学史に名を残した純文学作品のみならず、多くの娯楽作品を書いています。

 その中で私が非常に興味深く読んだのは、昭和10年代初頭の女学校を舞台にした「乙女の港」という作品です。

 これは当時女学生に非常に人気があった少女向け雑誌「少女の友」に連載されたもので、中原淳一の挿絵など、ややバタ臭い顔の女学生が描かれ、今見ても極めて美的な絵画群です。



 こんな感じです。

 
当時、「少女の友」は投稿欄が充実しており、さらにはペンフレンド募集の欄があり、多くの少女たちが投稿したり、ペンフレンドを求めたりしていたようです。


 今でいえば、フェイスブックやミクシィなどのSNSに当たるんでしょうか。

 ただ、当時「少女の友」は退廃的とされ、これを愛読するのは良家の子女としては良からぬ仕業とされていたのも事実のようです。
 しかし当然、その当時女学校に通える少女はごく一部のお金持ちに限られており、暇と金を持て余した良家の子女が退廃的な文化に憧れるのは当然というべきでしょう。

 「乙女の港」に登場する少女たちも、みな夏は軽井沢の別荘に出かけるようなお嬢様たちです。

 しかし、時代の空気にはあらがえず、太平洋戦争に突入すると、「少女の友」もまた、戦争賛美の雑誌に成り下がり、挿絵や表紙は無残なものになります。

 これは無いですよねぇ。

 まるで美的ではありません。

 「乙女の港」で、じつに興味深い事象だと感じたのは、当時の女学生の間で流行っていた、Sというものです。
 これは、主に上級生が下級生にラブレターのようなものを送り、自分のSになってくれ、と求愛し、下級生がそれに応じた場合、女学生同士のプラトニックな疑似恋愛を楽しむのです。
 SとはおそらくSisterの略かと思われます。
 一緒にお弁当を食べたり、近場に二人で出かけたり。
 当時は良家の子女が男相手に色恋沙汰になるなど恥ずべきことでしたから、恋愛もどきを少女同士で楽しんでいたのでしょうねぇ。

 また、「乙女の港」では、主人公の下級生をめぐって、上級生二人が、言わば恋敵となります。
 じつによくできたエンターテイメントで、当時の少女たちが夢中になったであろうことは想像に難くありません。
 初の女性芥川賞作家、中里恒子が自身の経験を基に下書きしたものを、川端康成が完成した小説に整えたと言われており、おそらくは中里恒子が女学校で経験した、あるいは見聞したことが基になっていると考えられ、当時の女学生の倒錯した恋愛模様を垣間見ることができます。

 ただ、当時の常として、女学校卒業時には婚約者が決まっており、ほどなくして親が決めた男と結婚するのが当たり前だった女学生にとって、自由に同性相手の疑似恋愛を楽しむことは、まさに若さの一瞬の煌めきのように感じられたでしょう。

 現代のように、30になっても40になっても若いつもりでふらふらしていられる時代とは、そもそも異なっていたわけです。

 一方、当時の代表的少年小説である佐藤紅緑「ああ玉杯に花うけて」などには、少年同士の同性愛的描写は見られません。
 むしろ少年らしい侠気の世界に貫かれており、麗しさが感じられず、私の好むところではありません。
 なんだかすぐに熱くなって涙ぐんだり喧嘩したり、暑苦しいことこの上ありません。

 近頃若干人気が下降気味とはいえ、今なお絶大な人気を誇るAKB48にも、同性愛的なPVが見受けられますね。

 女性の同性愛というもの、同性愛者の女性のみならず、男から見ても興味深い事象であるようです。
 もっとも、BLと呼ばれる少年もしくは青年同士の同性愛を描いた漫画が女性に人気があるというのも興味深いことです。

 私は「モーリス」「二十歳の微熱」「ブエノスアイレス」「太陽と月に背いて」「御法度」「ブロークバック・マウンテン」などの男性同性愛の映画を好んで見ていますが、そこには必ず、同性愛差別などの社会的問題が描かれ、少し興ざめです。

 「ロミオとジュリエット」では無いですが、障害のある恋愛ほど燃え上がるのだとしたら、差別されがちな同性愛を描くというのは、それだけで麗しく、悲恋の香りが漂うようで、物語作者にとって一度は取り組みたい題材だと思われます。

 私は少年時代、サド侯爵渋澤龍彦などの耽美的文学作品を好み、おのれが同性愛者では無いことにコンプレックスを抱いていました。

 高校時代、満員電車や映画館などで、何度もおっさんから痴漢にあいましたが、目覚めるどころか嫌悪しか感じず、おのれのあまりにノーマルな性欲を恥じたことを鮮やかに思い出します。

 今、自身が中年になって、もし少年時代、嫌悪を感じながらもおのれの趣味嗜好に忠実であろうとして、痴漢おやじの誘いに乗っていたらと思うとぞっとします。

 そんな私にとって、嘘くさいほど美しい、昭和10年代の女学校の世界は、まさに憧れの的です。

 川端康成は大の女好きで「女を見る時には頭のてっぺんからつま先まで、舐めるようにみなければならない」といった意味のことを発言しています。
 女好きなればこそ描くことができた麗しい世界。

 私も近い過去の麗しい風習を偲んで、「乙女の港」を再読するといたしましょうか。

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