我、迷妄の淵に沈まむとするや、亡父の言動を想起せしめ、これをもって範とし、迷妄より脱出せしめんむと欲するを常とす。
我、心の病を脱すること五年、もはやこれを克服せしめたり。
それもまた迷妄なりや。
我、職を全うしつつありしも、精神上の苦痛耐えがたし。
我が職を全うせしめうる所以は、唯一つ、報酬を欲するがためなり。
報酬を欲するがゆえをもって、これほどの苦痛に耐えざる能わず。
能わずといえど、なお、出勤を重ねるは、我の金銭欲ならずや。
而して、亡父であらばいかなる行動に出るや。
上司を叱責するや、職を辞すや。
亡父また、組織人たるの自覚を得ず。
ただ自寺を持しつつ、宗門での出世を得たり。
これ組織人といわむか。
しかれども我、組織人として二十数余年を過ごしたり。
自ずから、我が仰ぎ見たる亡父とは異なる人生観を抱くは当然なり。
さりながら我、未だに亡父の指導を請おうとは、これ、我の甘えにあらずんば何と言わむか。
我、不惑をこえて五年。
我、今こそ亡父を行いの規とあらむと心得るを、かえって親不孝と得心し、我の思うところにしたがって行いを全うすべし。
それでこそ、黄泉か西方浄土か、いずくにか知らねど、亡父と再会せし折に、互いに杯をかさね、心地よい酒に酔う幸いを得たらむ。
我、亡父の導きを捨てむ。
我はただ、医術に恃み、さらには我が心の強きを恃まむ。
他に、心の平安を得たる能わず。