文学

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穀雨

今日は穀雨。 田畑の準備が整った頃の春雨を指しています。 今日、首都圏はどんよりと曇っていますが、週末は雨が降るような予報が出ています。 穀物にとって実りの雨になってほしいものです。 春雨や もの書かぬ身の あはれなる  与謝蕪村  いかにも物書きらしい句ですね。 雨の一日、ものも書かずにのんびり暮らすものぐさの心地よさを詠んだものでしょうか。 あるいは、読み書きができないと雨の日は退屈だ、という意味でしょうか。 前者に軍配が挙がるでしょうねぇ 春雨の かくまで暗く なるものか  高浜虚子 これは素直に読みたいですねぇ。 春雨というのはびっくりするほど暗くなりますからねぇ。 今年は春の歩みが遅く、いつまでも冬を引きずっているような感じがしていましたが、少しづつでも、確実に、春は訪れているのですねぇ。蕪村句集 現代語訳付き     (角川ソフィア文庫)玉城 司角川学芸出版虚子五句集 (上) (岩波文庫)高浜 虚子岩波書店虚子五句集 (下) (岩波文庫)高浜 虚子岩波書店にほんブログ村本・書籍 ブログランキングへ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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ノーベル賞作家

1972年の4月16日、我が国で最初のノーベル文学賞を受賞した作家、川端康成が亡くなりました。 親交のあった三島由紀夫の割腹自殺から一年半後、作家72歳の春でした。 ガス自殺説では、老醜をさらしたくないがためであるとか、三島由紀夫を喪った喪失感であるとか、ノーベル文学賞受賞の重圧のためであるとか、甚だしきにいたっては、可愛がっていたお手伝いさんが辞めたからだとか、様々な憶測がとびかいました。 また、なれないガス暖房器具を自ら操作したため、誤って事故死したのだという説も有力です。 いずれにしろ、真相は闇の中。 ミステリアスでセクシャルな雰囲気が漂う美的世界を追い求めた作家には、むしろお似合いかもしれません。 川端康成という作家、数々の日本の美を詠う作品を残しましたが、じつは食うために少女小説も多く書いていて、これがなかなか面白いのですよ。 当時良家の子女に大人気だった雑誌「少女の友」に発表された「乙女の港」では、当時男女交際が破廉恥な行為とされていたことから、女学生の上級生と下級生が特別な友人関係を結ぶという、いわば擬似恋愛のようなS(sisterの略)という関係性を描いた小説は面白かっ...
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春雨の

通勤途中で観る桜、早くも散り始めています。 今週末は桜吹雪のようになっているでしょう。 散る花を涙とみるか死と見立てるかで、趣はずいぶん違ってきますね。 私は長いこと、散る桜に涙を見立ててきました。春雨の 降るは涙か 桜花 散るを惜しまぬ 人しなければ   大友黒主 この和歌は春雨を桜を惜しんで流す涙だと詠んでいます。 それはまさに桜という花の死を悼むものであったでしょう。 しかし私は、散る桜そのものが、桜にとって血の涙なのだと感じています。桜花散りぬる風のなごりには水なき空に浪ぞたちける   紀貫之 桜が散ってしまった後、その名残に花は空を舞って、波のように漂っている、という桜吹雪の猛烈さを、わりあいと静かに詠んでいます。 私にはそんな生易しいものではないように感じますが。 桜が散って、新緑の季節が訪れれば、一気に首都圏は東南アジアのような猛暑に襲われることになります。 今夏も節電が求められるんでしょうねぇ。 昨年は冷房運転を極端に短くし、仕事にならないような感じだったことを思い出します。 一年は繰り返しのようでいて、じつはすべてが初めてのこと。 平成24年の桜は初めてで、繰り返すこ...
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花祭り

今日は潅仏会。 花祭りとも称される、お釈迦様の誕生祝いの法要を営む日です。 私の実家はお寺ですので、毎年伝統にのっとって花御堂に誕生仏を安置し、甘茶をかけ、参拝客にも甘茶をふるまうお祭りを続けています。 それにしても、潅仏会がクリスマスなどに比較してあまり行われないのは、じつに嘆かわしいかぎりです。 わが国の文化は、仏教的無常観、神道の清明心、儒教の忠孝、土俗的な儀式などが渾然一体となって成り立っています。 わけても仏教は、その深い精神性から、わが国文化の中心と言うべき巨大なもので、仏教の知識なしにわが国の文芸や舞台芸術、古典芸能を理解するのは不可能です。 安岡章太郎の小説に、「花祭」という佳品があります。 成績が悪く、素行不良の僕が、中学の先生が住職を務めるお寺に入院?させられる話です。 思春期の男の子の、性の目覚めや様々な葛藤がユーモラスにつづられて、瑞々しい印象を受けます。 私自身が就職して独り暮らしを始めるまでお寺で生活していましたので、身につまされるというか、親近感を感じましたね。 安岡章太郎が、第三の新人などと呼ばれる一派にくくられ、なんとなく軽く扱われている感じがするのは...
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私は酒が好きで、数年前まで毎日飲んでいました。 最近肝臓の数値が上がってきたので、週2~3回に飲酒の回数は減ってきましたが、止めるにはいたっていません。  それにしても日本人は酒が好きですね。 大体和食というのは酒のつまみを発展させて出来たようなもので、懐石などは酒がなければ手持ち無沙汰でやれません。 花見、月見、雪見の酒、冠婚葬祭、歓迎会に送別会、暑気払いに忘年会、何かと言うと酒を飲みます。 白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒は静かに 飲むべかりけり 人の世に たのしみ多し 然れども 酒なしにして なにのたのしみ 酒飲めば 心なごみて なみだのみ かなしく頬を 流るるは何ぞ 語らむに あまり久しく 別れゐし  我等なりけり いざ酒酌まむ いずれも大酒飲みだった若山牧水の和歌です。 この他にも酒を詠んだ歌はあまたあり、酒飲みの親分みたいな人です。 ただ不思議なことに、酒と花鳥風月をからめて詠んだ歌は少なく、もっぱら己が境遇を歌った酒賛歌になっています。 明治人らしい自我の放吟でしょうか。 今日はカップ酒でも仕入れて近所の公園へ花見に出かける予定だったのですが、天気予報によると晴れるも...
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