文学

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時とともに

何事も、古き世のみぞ慕わしき。今様(いまよう)は、無下(むげ)にいやしくこそなりゆくめれ。 鎌倉時代のブログともいうべき、「徒然草」第22段の冒頭です。 はるか鎌倉時代から、人々はその当時の風俗や言葉遣いを嘆いていたことが分かります。 現代日本語も、短い間に変化しました。 古い映画やニュースで語られる日本語は、今とはずいぶん違います。 まず、早い。 小津安二郎や黒澤明の映画など、早口で、かなりきつい東京弁です。 書き言葉で言えば、明治から始まった口語文。これの普及で、古文漢文をすらすら読むことは、現代人には困難になりました。  戦後、新仮名遣いが始まり、日本語の変化は加速しました。 怖ろしいことに、敗戦のショックかコンプレックスか知りませんが、敗戦直後には国語教師の間で日本語をすべてローマ字化しようという運動さえありました。 そして、現代。 いわゆるギャルと呼ばれ、自らもそう称している頭の弱そうな若い女性が放つ言葉は、私のようなおじさんにはとても下品に聞こえます。 もはやら抜き言葉などは本来の言葉に取って代わりました。 近い将来、らをきちんと発声しただけで、年寄り扱いされるかもしれませ...
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今日は土用の丑。 本来ならばうなぎを食すべきところ、ひねくれ者の私はもう一つの夏の味覚、鰹をいただきました。 もちろん、たたきで。 近頃は刺身も流行っていますが、やはりほんのりと香ばしいたたきに軍配が上がります。 目には青葉 山ほととぎす 初がつお 有名な山口素堂の句です。 夏の季語がいくつも並んで、豪華な感じがしますね。 ほとんどこの一句をもって知られている俳人とさえ言えます。 しかし今年の夏は、死人が続出する猛暑で、この句のように優雅に命の盛りを楽しむわけにもいきますまい。 まずはおのれの健康を守ること。さらには死なずに秋を迎えることが肝要です。  特にご高齢のみなさまには十分に水分をとり、エアコンを積極的に使われますようにお願いします。
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大暑

今日は大暑ですね。 その名のとおり、ここ数日は猛烈に暑いですね。 外に出ると息苦しいような感じで、鯉のように口をパクパクさせてしまいます。 日本人は猛暑に苦しみながら、夏を楽しんでもきました。  炎天を 槍のごとくに 涼気すぐ  飯田蛇笏の句です。 炎天下、一陣の涼気が槍のように過ぎて行った、という意味でしょうか。 涼しさを槍にたとえるとはなんとも豪気です。 飯田蛇笏一流の表現ですね。 少し色っぽく、 サラリー数ふ 恋ざかりなる 日盛りに  私と同世代の俳人、高山れおなによる句です。 汗をかきながら給料を数え、デートの算段でもしているのでしょうか。 微笑ましいですね。 さらに艶っぽく、 行水の 女にほれる 烏かな 高浜虚子の手になる句です。 昔は盥に水をはって、庭で行水をしていましたから、女が裸で庭に出ていたのですね。 その色香にカラスが迷う、というわけで、カラスというところが良いですね。 趣向を変えて、 かぶと虫 昔いぢめし 男の子 現代を代表する俳人、黛まどかの句です。 子供の頃、かぶと虫を捕まえに行って、からかったあの男の子はどうしているだろう、という初恋を追慕する句と読みました...
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つかこうへい

劇作家にして演出家、つかこうへいが亡くなりました。 噂ではかなり激しい演出だったとか。 私は舞台を観ることはついにありませんでしたが、映画では「蒲田行進曲」と「熱海殺人事件」が印象に残っています。 どちらも笑えて泣ける作品でした。そして、そこはかとなく乾いた感じが漂っていて、好きでした。 小説「長島茂雄殺人事件」は笑えましたね。千葉県某地方に長島村というのがあって、村民はみなスポーツ万能、挨拶は昼夜を問わず「燃えたね!」なのです。長島茂雄は長島村の落ちこぼれで、仕方なくプロ野球選手になった、という設定です。 長嶋ではなく、長島なのが、ミソです。  いずれも1980年代前半から半ばにかけての作品です。 私の中学・高校時代。 良いものも悪いものもなんでも吸収する貪欲な年頃に観たもの、読んだものは、みな印象的です。 冥福を祈ります。蒲田行進曲 つかこうへい,つかこうへい松竹ホームビデオ熱海殺人事件 つかこうへい,つかこうへいジャパンホームビデオ長島茂雄殺人事件―ジンギスカンの謎 (角川文庫)つか こうへい角川書店
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フクロウ

私はどういうわけか、幼いころからフクロウとダルマが好きでした。 毎朝、靴を履くにはてっぺんにフクロウをかたどった木彫りの靴べらを使っています。知床の民芸品店で12年も前に購入したものです。  フクロウというと、俳句では冬の季語ですが、フクロウに姿も声も似た青葉木莵(あおばずく)という渡り鳥が夏の季語になっています。インドのほうからはるばる日本にやってくる、運動好きの鳥です。 青葉木莵 おのれ恃め(たのめ)と 高処(たかどころ)   という句が詠まれています。文挟夫佐恵(ふばさみふさえ)という変わった名前の俳人の手による句です。 フクロウの類の鳥は、どこか哲学的な、おのれの道を独り歩む雰囲気があって、上の句は、青葉木莵のようにただ独り歩め、と励まし、叱っているような感じで、暑い暑いと不満ばかりたれている私などは、緊張を強いられます。 また、 病むも独り 癒ゆるも独り  青葉木莵 という句は如何でしょう? こちらは中嶋秀子の句です。 やはりこちらもどこか孤独を感じさせます。 夏の暑苦しい病床で青葉木莵の鳴き声に耳を傾け、病者の痛みを独り耐えている、といった感じでしょうか。  フクロウもダル...
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