文学

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ピーター・パン

子どもは残酷だ、とはよく言われることですね。 新学期を迎えて、小学生の集団登校を見かけますが、一人で三つもランドセルを持っている子がいます。 いじめなのか、あるいは何らかのゲームで負けた罰なのか不明ですが、見ていて気持ちの良いものではありません。 小学生時代、大抵の子は意味もなく虫を殺した経験があるのではないでしょうか。私も蟻を踏みつぶしたりしました。 また、子どもが好むヒーロー物や戦隊物などは、明らかに善とされる側のほうが残虐です。 例えば仮面ライダーでは、ショッカ―と呼ばれる兵隊が大勢出てきますが、仮面ライダーはためらうことなくこれを倒していきます。 ウルトラマンもマジンガーZも敵を殺害することを躊躇しません。 宇宙戦艦ヤマトやガンダムは、まるっきり現実の戦争の焼き直しであり、互いに大量虐殺しあう映像を観て視聴者は喜んでいるわけです。 ヤマトが敵に特攻を行う場面などは、片道分だけの燃料を積んで自殺行為のような沖縄への援軍派遣を試みた戦艦大和とだぶって、まともに観ていられません。 「戦艦大和ノ最期」は壮麗な文語調でこの悲劇を語って見事です。 極めつけが、ピーター・パンでしょうね。 デ...
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坂口にせよ、太宰(治)にせよ、田中(英光)にせよ、揃いも揃った愚弟ばかりだね。彼等の兄貴を見て御覧、みんな堂々たる賢兄ばかりだよ。 上記は、亀井勝一郎が坂口安吾の死の直後に発した言葉です。 愚かな弟だから文学に魅かれるのか、文学に興味を持つようなやつは大抵愚かな弟なのかわかりませんが、そういう傾向はあるのかもしれませんね。 私にも賢い兄がいます。 坂口安吾は自伝的小説「石の思い」で、両親を批判して、時にその筆は激烈ですが、兄弟に対してはとくにコメントしていません。 存在そのものが持つ孤独性を評して、石が考える、と表現しています。 私は幼少の頃から、石に多大な関心を寄せてきました。 幼い私は、石は生きていると考えていました。動物が起きている生、植物が眠っている生、鉱物は脳死のような生であろうと、予感していました。 齢41を迎えた今も、この予感は変わりません。 そして孤独の絶対性と言う意味で、鉱物に敵うものはありません。 石は幼い私の退行欲求を刺激し、今も刺激するのです。 石は私にとってヒーローのような存在です。 石はただそこに在るだけで、孤独の苦痛と、退行の快楽を体現してくれるのです。 ...
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留学と疎開

わたしはいくさのあいだ、国外脱出がむつかしいので、しばらく国産品でまかなって、江戸に留学することにした。 上記は、戦後、石川淳が戦中の過ごし方を語ったものです。 優雅な話ですね。 軍靴が響き、焼夷弾が降る帝都で、江戸に留学していたとは。 そこで石川淳は、江戸狂歌のなかに、生活と文学とを一本に通して俗中に於けるこの虚構の世界よりほかに幸福をまかなふ道は無いといふ存外強烈なる人生観、を見出します。 一方同様に戦争中江戸文学に耽溺していた永井荷風は、怠惰な眠りを許してくれる退行的な揺りかご、として、言わば江戸に疎開していたように見えます。 ここに、永井荷風死後、死者を悼むものとは思えない、激烈に荷風山人を批判する「敗荷落日」が石川淳によって書かれなければならなかった、両者のスタンスの違いが見られます。 私は石川淳を深く尊敬し、永井荷風を敬愛するものですが、石川淳はあまりに厳しいように思います。 芸術家とはこうあらねばならない、という理想が強すぎて、くたびれちゃいます。 作品は奇想天外で面白いのに、その余で余計な理屈をこねて、読者を白けさせますね。 世界像との関係に於いて、地上に於ける人間の運...
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プロレタリア

少し前ですが、不景気の影響か、「蟹工船」が若者に人気を博しましたね。 恥ずかしながら、私もいい年をして初めてプロレタリア文学に接しました。 感想は、ああそう、というところでしょうか。 宗教であれ政治思想であれ、私は主持ちの文学を好みません。 そのせいか、国文学では中世説話を最も苦手とします。 しかし最近、プロレタリアを標榜する短歌や俳句、川柳に接する機会があり、新たな発見をしました。 けっこう面白いのです。 宮城の つい目のさきの 闇市の 人間像を凝然とみる 市の悪 むしろ絢爛たるいのち 太陽ここに明日も照るべし いずれも坪野哲久の作です。 闇市のなかにもたくましく生きる庶民が描かれています。 この歌人は、戦前治安維持法違反で検挙されているそうです。 射抜かれて 笑って死ぬるまで 馴らし  堤 水叫坊 手と足を もいだ丸太に してかえし   鶴 彬 川柳もけっこう頑張っています。 川柳はプロレタリアというよりブラックユーモアですね。手足を失った体を丸太に譬えるなんて。きついですねぇ。    プロレタリア文学者というのは一般に辛い現実を描きだすのが上手です。 しかし不思議なことに、明治4...
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自由に

定型からも季語からも解き放たれた自由律俳句。 自由に作っていいよ、と言われても、かえって戸惑うのが俳句詠みの常。 それでも自由律俳句ばかりを詠み続けた明治生まれの二人。 種田山頭火と尾崎方哉。 そして、昭和の終わりとともに25歳で逝った住宅顕信。 種田山頭火の句は明るく活発。 尾崎方哉の句はさびしく不気味。 住宅顕信は尾崎方哉に憧れて、憧れの人のゆえか若くして発病した難病のゆえか、幸薄く鋭利。 この旅 果てもない旅のつくつくぼうし  種田山頭火 蟻を殺す 殺すつぎから出てくる      尾崎方哉 とんぼ 薄い羽の夏を病んでいる     住宅顕信 私はあまり自由律俳句を好みませんが、上の三人は別格というか、多分従来の形式では表現し得ない世界を持ち、それを現すのに自由律俳句が最も適していたのでしょうね。 素人が手を出すと、限りなく滑稽に堕しますので、ご注意。 上の三句は、夏と虫という共通点で選びました。 それぞれの俳人の特徴がよく出ていると思います。  明治生まれの二人は高学歴ながら酒で身を持ち崩し、最後は知り合いの寺に厄介になりました。 住宅顕信は学歴はなく、酒もやらず、出家しました。 ...
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