文学

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昨日とは打って変わって、冷たい雨が降っています。それをいいことに、今日は家にこもって、昼寝など楽しみました。 冬の名残と、春の勢いが行きつ戻りつしながら、春本番を迎えるのですね。 今日は与謝蕪村の「うづみ火や我がかくれ家も雪の中」といった気分です。 寒い日に、籠り居できるというのも、休日の贅沢の一つです。 日曜日の夜はなんとなく憂鬱なものですが、それは精神を病んでいない人とて同じこと。むしろ普通の感情でしょう。
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春の強烈な日がさしています。 高浜虚子の句、「啓蟄や日はふりそそぐ矢のごとく」を思い出します。 ここのところ精神状態が不安定でしたが、今日は調子が良いようです。風が強くて散歩に出る気はしませんが、部屋の窓から日差しを楽しんでいます。 職場は年度末。なんとなく緊張感が漂っています。それでも今週、五日間、しっかり出勤しました。働いて、土日休む。その当たり前の生活を取り戻してからもうじき半年、気楽な図書館の仕事を用意してくれた職場に感謝しています。
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一週間

やっと金曜日の夕方になりました。 今週もしんどい一週間でした。 それでも、休まず出勤しています。 それだけは、よくやった、と思います。 私は精神病を患ってから、世を捨てた気分でいますが、本当に世を捨てることは不可能です。出家隠遁したところで、完全に世を捨てることなどできはしますまい。要はどう世間と付き合っていくか、ということでしょう。 西行の歌に、 世の中を 捨てて捨てえぬ心地して 都はなれぬ 我が身なりけり というのがあります。 漂泊の隠遁者のイメージが強い西行ですが、いくら旅を重ねても、結局は京の都に帰ってしまった、とのことです。 北面の武士という地位を捨ててまで出家した西行ですらそうなのですから、サラリーマンの私が世を捨てたなど、ちゃんちゃら可笑しいというものでしょうか。
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数奇者

森鴎外は、小学校入学以来、軍医として陸軍省に勤務している状態にいたるまで、自らの生活を、「芝居をしているかのようだ」と言っています。演出家は世間、自分は役者というわけです。 そして、深夜、読書や執筆に励む自分を、化粧を落とした状態だ、とも。 それなら、もはや芝居で活躍できなくなった私は、数奇者として生きる他ありません。 鴨長明は、「発心集」で、「数奇」を、「人の交わりを好まず、身の沈めるをも愁へず、花の咲き散るをあはれみ、月の出入を思ふに付けて、常に心を澄まして、世の濁りにしまぬを事とす」と、説明しています。 現代では、その語感から、「色好み」とする向きもありますが、それは字が違います。 職場で腫れ物扱いされている以上、せめて拙い化粧を落とした私は、数奇を気取りましょう。
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鼠三部作

羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)村上 春樹講談社羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)村上 春樹講談社1973年のピンボール (講談社文庫)村上 春樹講談社風の歌を聴け (講談社文庫)村上 春樹講談社 雨に閉じ込められて、古い小説を読みました。  村上春樹の通称「鼠三部作」。 「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」です。 私はこれらを、高校生の頃から、繰り返し繰り返し、読みました。 文体は軽快。内容は切なくて不思議。 その後「ダンス・ダンス・ダンス」という続編が発表されましたが、私はこれを良しとしません。 「ノルウェイの森」がベストセラーになりましたが、通俗の感は否めません。 私は「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」をもって、村上春樹の世界は完結をみたと思っています。 ノーベル文学賞の声も上がっています。是非、受賞してほしいと思っています。
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