文学

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伊勢物語

ぼんやりした頭で、「伊勢物語」を二十年ぶりに再読しました。 二十年前は、西洋文学に興味があったので、「伊勢物語」を読んでも、物語の体をなしていないように感じましたが、今読むと、日本独特の、想像力を誘う物語形式であると感じました。 いわゆる「色好み」の「歌物語」ですが、現在、このような形式で物語を作ることは極めて困難でしょう。 歌が物語の中心ですから、極端に言えば、和歌集にちょっと長い物語風の注釈をつけただけのようにも見えます。 しかし、有名な伊勢斎宮との密通など、ショッキングな内容も含んでおり、そうした読み方は間違いでしょう。 やはり、「伊勢物語」は独特の形式を確立したものと言わざるを得ません。
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モンキー・ビジネス

今年の春に創刊された季刊文芸誌「モンキー・ビジネス」2号を購入しました。 「眠り号」とのことで、睡眠に関する小説や詩を掲載しています。異色なのは、中島敦など、昔の作品も掲載していることです。 私は、昔、夢日記を付けていたことがあります。しばらく付けていると、夢の記憶があまりに鮮明になって、現実と夢を混同するようになり、半年ほどで止めました。筒井康隆も夢日記を長年付けているとか。大丈夫なんでしょうか。
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源氏物語「大沢本」

源氏物語「大沢本」の発見がニュースになっています。 千年紀に合わせて発表した感があります。 学生時代、「源氏物語」青表紙本を、昭和天皇の作歌指南役で、現代を代表する歌人、岡野弘彦先生から教わりました。 そのとき、岡野先生が「源氏の研究は始まったばかり」、と仰って、何を馬鹿な、と思いましたが、今回の発見で、そうなのかも、と思いました。 岡野先生は、現代版「伊勢物語」を書きたいという理由で、私が四年生のときに退職されました。今でも時折テレビなどでお見かけします。 「サラダ記念日」が売れたとき、俵万智と岡野先生を比較する論文が発表されて、激怒されたのを懐かしく思い出します。
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山頭火

種田山頭火の句集を読みました。 いわずと知れた自由律俳句の巨人です。 人生の後半を乞食坊主として、日本国中を歩き、句作を続けた俳人です。その精神には、芭蕉や西行とも違う、何か鬼気迫るものがあります。 風雅などではなく、漂泊そのもの、孤独そのもの、諦念そのもの、自然そのものが詠みこまれています。 それだけに、私には、山頭火の句が、恐ろしく感じられます。そんなこと詠んじゃっていいの、と問いたくなります。 例えば、「生死のなかの雪ふりしきる」「月が昇ってなにを待つでもなく」「うつむいて石ころばかり」「酒をたべている山は枯れている」 等の句。 反則ばかりです。 しかし、反則なのに、魅力的です。 私は、精神病を患い、ただ茫漠と日を送っていますが、山頭火は、ひたすらに生きました。私はその在りように、嫉妬を感じます。
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狂言「入間川」

昨日、テレビで狂言「入間川」を観劇しました。野村万作・萬斎親子が競演する豪華なものでした。私はおおいに笑いました。 かつて、狂言(喜劇)は、能(舞踊劇+歌劇)と同格に扱われていました。しかし、能が武家のたしなみとされるにつれて、狂言は能より一段低いものという認識が広がりました。もったいないことです。 かつて、喜劇である狂言を、能と同様に重視した感性を忘れたくないものです。
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