文学

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痛み

憂鬱ななか、一週間きちんと出勤できました。 まずは目出度い。 一週間ほど前に寝違え、首から肩にかけてひどく痛むのも憂鬱に拍車をかけているようです。 なんといっても痛いのはしんどいものです。 階段を下りるだけで、その衝撃で肩から背中にかけてひどい痛みが走ります。 ちょっと痛むだけでしんどいのですから、大けがや大病はさぞかししんどいでしょうね。 雪ぞ降る われのいのちの 瞑ぢし眼の かすかにひらき、痛み、雪降る 若山牧水の和歌です。 この歌人には珍しく、読点を打っているのが、痛みの激しさを物語っているかのようです。 それはもちろん、肉体の痛みとは限りません。 むしろ、精神的な痛みであったと解するほうが納得がいくでしょう。 しかし肉体の痛みが精神に惹起せしめるものは、苦しみであるに違いなく、私は痛みがもたらす苦しみと、痛みゆえに思わざるを得ない命の儚さとを感じ、しばし、瞑目せざるを得ません。 この歌は歌人が青年時代に出版した「死か芸術か」という大上段に振りかぶったタイトルの歌集に収められています。 若さゆえの気負いを感じさせます。 今は初夏。 雪に痛みを仮託することはできません。 そこで夏の...
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田舎町の人情喜劇

奥田英朗の連作短編集「向田理髪店」を読み終わりました。 かつては炭鉱で栄えながら、今はすっかり寂れてしまった北海道の田舎町が舞台です。 当然、夕張市がモデルと思われます。 理髪店の主人を主人公に、いずれも幼馴染のガソリンスタンド経営者や役場の課長などが登場し、コミカルに様々な騒動が繰り広げられます。 札幌でサラリーマンをやっている息子が家業を継ぐといって帰ってきたり、40男が中国の田舎から嫁をもらいながらお披露目をするのを頑なに拒んだり、、赤坂でホステスをやっていた女が帰省して新しくスナックを開き、町中の中年男が色めきたったり、映画のロケ地になったり、町出身の青年が東京で詐欺事件を起こして逃げてきたり。 寂れた田舎町とは言ってもそこは人が住む町。 必ず何事かが起こります。 寂れた元炭鉱町が舞台とはいえ、どこか明るく、楽しげです。  私は東京と千葉にしか住んだことがありません。 旅行で田舎に行くことはあっても住んだことが無いので、実状はよくわかりませんが、その私ですら、いかにも存在しそうな感じがします。 そこが作者の腕なのでしょうね。 寅さんの田舎版と言ったところでしょうか。 楽しい人情...
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初恋温泉

様々な温泉を舞台にした多様な恋愛模様を描いた吉田修一の短編集「初恋温泉」を読みました。初恋温泉 (集英社文庫)吉田 修一集英社 表題作は初恋の女性と結婚し、多忙な日々をおくる男が、妻と温泉旅行に行く直前に離婚話を切り出され、それでも温泉旅行に出かけるほろ苦い物語。 他にも、既婚者同士の不倫旅行を描いた切なさ満点の「ためらいの湯」や、高校生カップルが勇気を振り絞って温泉に一泊旅行に行く「純情温泉」など、温泉と恋をうまくからめて描き出した珠玉の短編集に仕上がっています。 「初恋温泉」で、妻が、分かれたい理由を、「幸せなときだけをいくらつないでも、幸せとは限らないのよ」と告げるシーンは意味深長であり、印象的です。 なるほど、そうかもしれません。 しかし、辛いとき、人は楽しかった思い出を振り返って今を乗り切ろうとします。 それは奏功することもあり、そうでない場合もあります。 しかし、幸福な思い出がたくさんある人は、それだけでも人生を乗り切る財産を持っていると言えるのではないでしょうか。 浜田省吾は「もうひとつの土曜日」という曲で、 ただ週末のわずかな、彼との時を、つなぎあわせて、君は生きてる、...
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ひなた

今日はひどい風が吹き荒れています。 買い物に行った以外は、家で大人しく小説を読んですごしました。 吉田修一の「ひなた」を一気に読みました。 この作者、平凡な日常のなかのゆがみを描くことが得意なようです。 「ひなた」は、4人の春夏秋冬を、それぞれの独り語りを積み重ねる形で紡ぎだしていく、という手法で描かれています。 これといった盛り上がりのない、平凡な日常のなかに、小さな嘘や不安が丁寧に描かれています。 大学生の尚純とその彼女のレイ、直純の兄夫婦の4人です。 平凡なようでありながら、じつは4人とも、不倫であったり、出生の秘密であったり、同性からの求愛であったりといった、小さな日陰を抱えています。 日陰を抱えているからこそ、日向を求め、日向を守ろうとするのです。 そしてまた、台詞がじつに上手です。 まるで脚本を読んでいるかのような錯覚におそわれ、さらには私の中で配役を考えてしまうほど、演劇的でもあります。 身近な人の不倫を評して、 誰かを裏切りたくて、誰かを好きになるヤツなんていないんだし、誰かを好きになっちまうから、仕方なく誰かを裏切らなきゃならなくなるんだよな。残酷な話だけどさ。 など...
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怒り

吉田修一の「怒り」を読了しました。 八王子で一家惨殺事件が起き、現場には血で書いた怒の文字が。 犯人は逃走を続けます。 房総の漁村で暮らす少々オツムの弱い愛子の前に現れた青年田代との恋、沖縄の離島に暮らす女子高生と淡い恋を楽しむ少年の実家の民宿に現れた田中、ゲイのサラリーマンの前に現れ、同棲を始めた直人の、3つの物語が同時並行で進みます。 突如現れた3人には、年恰好が似ていること以外、とくに接点はありません。 そして3人ともが、誰にも言えない過去を抱えているのです。 田代も田中も直人も、それぞれに新しい人間関係のなかで信頼を勝ち得、愛されるようになります。 しかし人間というのは疑りぶかいもので、八王子での事件の容疑者の似顔絵が公表されるや、もしかしたら、という疑心暗鬼にとらわれ、それぞれに葛藤します。 終盤に至り、真犯人も、3人の過去も明かされますが、怒の意味するところは謎のままです。 人間という存在の不確かさ、人間関係のもろさが、切ないばかりに暴露されていきます。 作者が芥川賞作家ということもあってか、これはミステリーというよりは人間の本質に迫ろうとする文学作品の趣を呈しています。 ...
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