文学

スポンサーリンク
文学

明治大帝の御製

世と共に かたりつたへよ 国のため いのちをすてし 人のいさをは 明治天皇の御製です。 国家国民のために命がけで尽くした人の名誉は後の世まで語り伝えたい、というほどの意かと思います。 今、まさに原発事故や遺体の収容、がれきの除去など、危険な任務に就いている人々こそ、語り伝えなければならないのでしょう。 逃げることばかり考えている私からみれば、頭がさがります。世の中の 人のつかさとなる人の 身の行ひよ ただしからなむ これも明治大帝の御製です。 人の上に立つ人は身の行いをただしくしなければならない、といった意味かと思います。 現在の危機にあって、民主党政権や東京電力幹部には、耳が痛いんじゃないでしょうか。やすくして なし得がたきは 世の中の ひとの人たる おこなひにして またもや明治陛下の御製です。 簡単なようで人間らしい行いをすることはむずかしい、と嘆いています。 しかし今回の震災で被災者が示した態度は、ひとの人たるおこなひと呼んでよいのではないでしょうか。明治天皇は和歌や読書が大好きだったとか。しかし公務が忙しく、なかなか古今の書物をひもとくことができなかったようです。 最後にそんな...
文学

花冷え

今、私の職場に咲く桜は、3分咲きか4分咲きといったところでしょうか。 花は咲いても昨日・今日と寒いですね。 職場は3月下旬から暖房を停止するので、仕事机に向かっていても凍える心地です。 こういうの、花冷えって言うんでしょうねぇ。 どうせ花冷えなら、暖めの酒でも片手に、花の下で酔いたいものです。 そうはいっても宮仕えの身。 全身全霊で職務に精励しなければなりません。 み吉野の 山辺に咲ける桜花 雪かとのみぞ あやまたれける          「古今和歌集」にみられる紀友則の歌です。 桜を雪と見まがうなんて、よっぽど寒かったんでしょうねぇ。 吉野の山は都よりも寒くて、田舎らしい寒々した感じがあったんでしょうね。 でも春の寒さは一睡の夢。 信じられないほどのぽかぽか陽気がちかく訪れるでしょう。古今和歌集 (岩波文庫)佐伯 梅友岩波書店 ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
文学

姥捨

震災でこれほど多くの人々が無念の死を遂げ、また遂げつつある様をみて、私は古く、姥捨山の伝説を思い出しました。 104歳の老婆が避難所に逃げ込んで、逃げ込んだときには歩けたのに、翌朝には足腰が立たない状況になっていたとか。 それでも命はどうにか長らえています。 長幼の序はわが国の美風。 老人を救助するのは当然のことです。  にも関わらず、かつて信濃国更級では姥捨が行われていたと、多くの書物にあります。 「楢山節考」は当時の山村の貧しい暮らしぶりを寒々と描き、白骨でいっぱいの山中に母親を棄てに行く緒方拳演じる主人公が哀切でした。 わが心 慰めかねつ 更級や 姥捨山に 照る月を見て 「古今和歌集」に所収された読み人知らずの歌ですが、これは「大和物語」にも見られます。 悪妻に唆されて伯母を山中に捨てた男が、後悔して詠んだ歌です。 また、紀貫之は「拾遺和歌集」に、次のような和歌を残しています。 月影は 飽かずみるとも 更科の 山の麓に ながゐすな君  どちらも姥捨の里である更級の月を題材にしています。 面白いのは、更級の月は妖しい輝きを放っているというのに、その月の美しさは心を慰めない、または長...
文学

炎中(ほなか)の桜

テレビでまるで終末のような惨状を呈す地震や津波、火災の被害を見て、私の心は沈むとともに、いっそ完全に世界を焼き尽くす災害が起こればよいのに、と矛盾した気持ちになる私を観察して、ぞっとしたのでした。ほろびゆく 炎中(ほなか)の桜 見てしより われの心の修羅 しづまらず 皇室の和歌指南にして現代最高の歌人、岡野弘彦の歌です。 「バグダッド燃ゆ」という歌集に載っています。 イラク戦争の惨劇と、自身が体験した太平洋戦争中の空襲を重ね合わせて、格調高く、的確な言葉で美しく、悲劇を歌い上げています。 ストレートで稚拙ないわゆる反戦歌とは一線を画すものです。 反戦も結構、反核も結構、しかし和歌というものは、あくまでも美しくなくてはなりません。  岡野先生、「サラダ記念日」が流行ったとき、俵万智と比較して論じた評論が現れて、激怒していましたっけ。 それだけ自分の歌に強い自負があったのでしょう。 災害をも浪漫的な芸術に昇華させてしまうその歌心に、感服したのでした。バグダッド燃ゆ―岡野弘彦歌集岡野 弘彦砂子屋書房サラダ記念日―俵万智歌集俵 万智河出書房新社 ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
文学

楽園

旧約聖書に拠れば、アダムとイブは知識の果実を食べてしまったがゆえに、楽園を喪失したことになっています。 これは一人キリスト教の問題に留まらず、広く人類全体の社会を言い表わしているものでしょう。 私たちは荒野に立っているのであり、あるいは立ち続け、あるいは歩き続けなければならないという、失楽園の苦しみを生まれながらにして持っています。 川端康成に「眠れる美女」という佳品があります。 強い睡眠薬で深い眠りに落ちている美少女。 高額の金を払って一夜を共にするのは、老いて不能となった老人。 本番行為以外は眠っている美少女に質の悪いものでなければ、いたずらをしてもよい、というのが店のルールです。  しかしここを訪れるのはいずれも役立たずの老人。 本番行為など、夢のまた夢です。 そこで老人たちはただ添い寝し、あるいは全身をなでまわし、若い女体に接することで、過ぎ去ったプレイボーイ時代の思い出に浸ったり、若さへの憧憬を取り戻したりするのです。 そこに、一人だけ、性的能力を保持したままの老人がやってきます。 しかし老人は戸惑います。 薄暗い部屋のベッドで昏々と眠る裸の美少女。 老人は、自分にはルールを...
文学

春の雪

関東地方は春の雪。 窓から外を見ると、幻想的な雪景色が広がっています。 冬の最後の抵抗といったところでしょうか。 雪が降ると必ず思い出す歌があります。 「万葉集」のなかでも特に有名な歌。 聖武天皇と藤原夫人の歌です。 わが里に 大雪ふれり大原の 古(ふ)りにし里に ふらまくは後(のち) 聖武天皇の御製で、私の居る飛鳥に雪が降りましたよ、あなたのいる大原の古い里に降るのは、もっと後の事でしょう、といった、雪を自慢する歌です。 これに対し、藤原夫人は、 わが岡の 龗(おかみ)に言ひて 落(ふ)らしめし 雪の摧(くだ)けし 其処に散りけむ   と、返しています。 こちらの里の竜神に言いつけて降らせた雪のかけらが、そちらにちらついただけでしょう、という、敵対心をむき出しにした歌です。 そこは気心が知れ合った夫婦のこと。 雪を肴にじゃれあっているのでしょう。 大体大原にしたって飛鳥にしたって、場所柄そんな大雪が降るはずないので、うっすら積ったくらいのものでしょう。 それを大雪と詠う聖武天皇。 無邪気に喜んでいるのでしょう。 小犬のようですね。 そしてそれに反論してみせる藤原夫人。 夫婦の関係性が...
文学

桃の節句

今日は雛祭りですね。 私には三つ下の妹がいたため、毎年この時期は7段飾りの豪華なお雛様を飾りました。 あれ、飾るのも仕舞うのも大変なんですよねぇ。 人形一つ一つが箱に入ってしますし、7段の段を組むのも疲れるし。 それでも飾り終えると、ずいぶん華やかな気分になります。 雛まつる 都はづれや 桃の月  与謝蕪村 雛祭りを詠んだ句としては、完成度№1なんじゃないかと思います。 都はづれでも、華やかな感じが出ています。 すこし艶っぽいのを。 消えかかる 燈(ひ)もなまめかし 夜の雛  大島蓼太 元々女の子のお祭りですから、艶っぽい句がたくさんあってもいいんですけどねぇ。 この句しか思い浮かびません。 哀れを誘うのを。 石女(うまづめ)の 雛かしづくぞ 哀れなる   服部嵐雪 子がいない女性の雛祭りを詠んで、哀調を帯びていますね。  いずれも江戸時代に活躍した俳人の句です。 並べてみると、同じ雛祭りを詠んだ句でも、様々な趣があることに気付かされます。 じつは我が家にも、お雛様がいます。 不二家のおまけでもらった、ぺこちゃんとぽこちゃんのお雛様です。 我が家は毎年、ぺこちゃんとぽこちゃんでお雛様を...
文学

殉教

先日、阿川弘之がエッセイやインタヴューなども含め、すべての作家活動から引退する旨が報じられました。 太平洋戦争中に青年将校として青春時代を送った彼は、多くの戦争を題材とした小説を執筆しましたね。 齢90、第三の新人と言われた同世代の作家たちも多くは逝き、潮時といったところでしょう。 今では娘の阿川佐和子のほうが一般に知られているかも知れません。 娘といってももう50代後半ですが。 独身の娘のことが唯一心配だ、と言っていましたが、結婚していたって、子どもに恵まれず、相手に先立たれれば生涯独身を貫いた者と同じこと。 一人に慣れていないためかえって喪失感に責められるかもしれません。 第三の新人のなかでは、私は安岡章太郎の小説を最も愛読してきました。 怠け者な感じが良いのです。 しかし、その世代の最高傑作は何かと問われれば、遠藤周作の「沈黙」を挙げるでしょう。 日本に宣教に行ったポルトガル人司祭が棄教したとの報告を受けて、ことの真偽を確かめに来た弟子の司祭の顛末を描いた小説で、キリスト教を題材にしたわが国の文学のなかでは、他の追随を許さない名作です。 拷問に耐えかねて棄教した日本人信者が、自分...
文学

春の雪

先般、南関東の平野部にもうっすらと雪が積もりました。 雪国と違って、南関東の雪は春の前触れでもあります。 幸い私は通勤の足に不便はありませんでした。 春たてば 花とやみらむ 白雪の かゝれる枝に うぐひすのなく 「古今和歌集」にみられる素性法師の歌です。  春めいてきて、白雪がかかる枝を、花が咲いていると思い込んで鶯が鳴いているというのでしょう。 早春らしい、まだ冷たい空気に、太陽の光が暖かく降り注ぐさまが思い浮かびます。 もう梅が咲き始めているとか。 これからもの思わしい春の到来ですね。 春は春愁、秋は愁思といいます。 春や秋のような、人にとって最も過ごしやすい季節にもの思いに沈んだり、悲しいような焦るような気持ちになるとは不思議なことです。 私は秋はそうでもありませんが、春はなんとなく気鬱に襲われます。 長いこと会計事務をやってきて、春は殺人的な忙しさで、桜を見ると条件反射のように気分が沈みます。 それでも最近数年は、会計事務から離れて、人並みに花見を楽しむ余裕ができました。 今は体調もよく、精神病薬を服薬していることを除けば、まるっきり普通に過ごしています。 人生山あり谷あり。 ...
文学

村上春樹のふるさと

かつて近代日本文学者は、ふるさとを詠いました。  室生犀星の、 ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたうもの(後略) しかり。 石川啄木の、 ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆくしかり。 田舎から東京に出てきた文学者というものは、良くも悪くもふるさとへの思い入れがたっぷりです。 しかし、マス・メディアの発達によるものか、現代文学者はあまりふるさとを意識しないようです。 その最たる例が村上春樹でしょう。 彼は京都で生まれ西宮で育ち神戸で高校時代をおくった生粋の関西人です。 しかし彼の作品からはその匂いがしません。 そもそも一連の小説群は日本ですらなく、無国籍なものに感じます。 両親が国語教師で、始終日本文学の話をするのに嫌気がさして西洋文学にのめり込んでいたとは言いますが、言葉というものは本来民族や土地に根差したものでしかありえず、バタ臭いのを売りにするのは嫌味ですらあります。 村上春樹のふるさとは、どことも知れぬ無機質な人工世界なのではないでしょうか。 村上春樹という人にまつわる存在の希薄さは、以前このブログでも書きました。 それが海外から高い評価を受け...
文学

今年は異常な大雪だそうですね。 南関東に住まいしていると、全然実感がわきません。 ほとんど毎日乾燥した晴れですから。 テレビで雪国の様子を見ると、背より高く積った雪を毎日毎日雪かきしています。 さぞかし骨の折れることでしょう。 私は東京東部で生まれ育ちましたので、雪は一年に一度か二度ふる程度で、積雪も10センチを超えることはまずなく、一種のお祭りのような心地がしました。 町が白く化粧した姿というのは、幻想的で美しいものです。 でも翌日には、もう雪は人や車の往来で醜く黒ずんでしまいます。 その儚さが、南関東の人間にはまるで桜のように愛おしく感じるのです。 この国に 雪も降らねばわがこころ 乾きにかわき 春に入るなり  若山牧水 若山牧水は宮崎県の生まれだったと記憶していますから、やはり雪は珍しく、心浮き立つものであったようです。 一方、雪には雪女とか雪男とか、怖ろしい伝承がありますね。 雪が障子をなでる音が、雪女が手で障子を叩いているようにかんじたのでは、と某民俗学者が言っていました。 雪男はなんだか怪物じみていて、物理的な恐怖しか感じませんが、雪女には、ぞっとするような心理的な恐怖があ...
文学

演歌

日本の歌謡史に演歌なるジャンルが確立したのはいつ頃なんでしょうね。  私が子どもの頃には、すでに森進一や五木ひろしや矢代亜紀や都はるみといった人々が人気を博していました。 その他に、ムード歌謡というジャンルも人気がありましたね。 子どもの私にはその良さが分かりませんでした。 ついでに言うと、中年になった今もわかりません。 あまりにも情が強くて、すんなり耳に入ってこないのです。   明治初期の自由民権運動家が演説をする際にわかりやすく歌にして謡った、演説歌が最初だったと聞いたことがあります。 「オッペケペー節」がその代表格だとか。 その後政治風刺をからめながら庶民の哀歓を歌う演歌師なるものが現れ、さらにレコードの登場によって爆発的に演歌が広まっていったものと思われます。 演歌を指して日本の心だという言説を耳にすることがあります。  私はこれには非常な違和感を覚えます。 なぜなら演歌の歌詞というのが、花鳥風月をからめて恋や心情を遠回しに詠う、和歌や連歌などの伝統的な日本の歌謡とあまりにも異なっているからです。 むしろ民謡や童謡に日本の心を感じます。  演歌はむしろ、歌詞がストレートであるこ...
文学

高等遊民

最近、非正規雇用者の増大やニートが社会問題になっています。 明治末期から昭和初期にかけても、似たような問題がありました。 高等遊民の問題です。 高い教育を受けながら、就職せずにふらふら遊んでいるインテリです。 高等遊民というと、真っ先に思い浮かぶのは夏目漱石の「それから」に出てくる主人公でしょう。 高等教育を受けながら職に就かず、親からの仕送りで家に書生まで置いて読書や観劇にひたり、友人の奥さんと不倫する、どうしようもないやつです。 松田優作と藤谷美和子主演で映画化もされました。 ささやくようなセリフまわしの、静かな良い映画でした。 時の政府は高等遊民が共産主義や無政府主義などの反国家的な思想傾向を持ちやすいことから、これらを根絶やしにしようとしました。 つまり、職に就かせようというわけです。 しかし、高等遊民には武士は食わねど高楊枝的な態度の者が多く、求人があっても大学出の自分には不釣り合い、として断ってしまうことが多々あったと言います。 これなど、現在見られる大企業志向とだぶりますね。 高等遊民と言っても「それから」の主人公のように裕福な者ばかりではなく、生活のために日雇いの仕事を...
文学

屍鬼

最近インフルエンザが猛威をふるっているそうですね。 私は五年前インフルエンザにかかり、大変な思いをしたことから、その後毎年11月に予防接種を受けるようにしており、今のところ健康です。 インフルエンザに限らず、高熱が出ると、意識がおかしくなって、幻覚を見たり幻聴を聞いたり悪夢にうなされたりしますね。 私は繰り返し、吸血鬼の幻覚に悩まされました。 吸血鬼といっても、ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」のような、吸血鬼でござい、という格好をしているわけではありません。 見た目は全く普通のおっさんやおばさん、にいちゃん、ねえちゃんが、病気の私を心配するようにベッドに近づいてきて、いきなりガブッとくるわけです。 敵だと思いもしなかった相手に攻撃されることほど怖ろしいことはありません。 インフルエンザから回復して、シンクロニシティ(必然性のある偶然、共時性ともいう)を感じる出来事がありました。 読もうと思って買っておいた長いホラー小説を回復してから読んだら、まるで私が見た幻覚とそっくりなのです。 その小説は、「屍鬼」と言います。 ある小さな村に洋館が建ち、ある一家が引っ越してきたことから、事件は発生...
文学

陽射し

今日は昨日とはうってかわって冷たい北風が吹いています。 惰弱な私は北風を嫌って、家に閉じこもっています。 そうは言っても、朝夕に日が伸びているのを感じ、冷たい空気のなかにも陽射しが強くなってきているのを実感します。 古来、わが国では花を待つ歌が詠まれてきました。 春を待ち焦がれる気持ちは、暖房が行き届かない時代には現代よりもつよかったことでしょう。 まして日本家屋は夏を快適に過ごせるように考えられてできています。 冬は隙間風が吹いてさぞ寒かったことでしょう。 私の実家は木造二階建ての古い家。 コンクリートで固めた現在住まうマンションに引っ越して、冬の暖かいのに驚きました。  朝夕に 花待つころは思ひ寝の 夢のうちにぞ 咲きはじめける     千載和歌集に見られる崇徳院の歌です。 花が咲くのを待つ思いが強くて、夢のなかで花が咲き始めた、という切ない思いを優美に詠んだものです。 今の私が花を待つ気持ちと、平安の昔に崇徳院が待った気持ちとでは、違いがあるように思うかもしれませんが、そうではないと思っています。 わがくにびとが花を待つ気持ちは、昔も今も変わらぬ、祈りのようなものです。 過去から...
スポンサーリンク