文学 チャタレイ・サド・四畳半襖の下張各裁判
私はホラー映画などの残虐な作品を好んで観ます。 また、性愛を扱った文学作品や映像作品にも好んで接します。 しかしそういったものは、多くの都道府県で有害図書等として、青少年へ販売してはいけないことになっているのですね。 まだ未熟な青少年がそれらわいせつとされる作品や暴力的な作品に感化されることを防止するという主旨は理解できます。 しかし私は、刑法175条のわいせつ物頒布等を禁じた法律には、非常な違和感を覚えます。 例えば成人が鑑賞するアダルトビデオ等は、生殖器が見えないようにモザイクをかければ合法ということになっているようです。 そういう基準を設けた人はよほど幼稚な性意識を持っていたと思われます。 人体の一器官にことさら意味を持たせるというのはいかにも不思議です。 というか、そういう風に取り締まるから、特別な意味を持ってしまったのです。 お上がこれはわいせつですよ、と言って隠すから、わいせつになってしまったのです。 また、1950年代から1970年代にかけて、チャタレイ裁判・サド裁判(悪徳の栄え裁判)・四畳半襖の下張裁判と、著名な文学者の作品がわいせつであるとして裁判にかけられ、いずれも...