文学

スポンサーリンク
文学

ひろくさびしき

業務多忙だと憂鬱になるのは、何も私が精神障害を患っているからだけではありますまい。 誰だって忙しいのは嫌でしょう。 多忙のなかにこそやり甲斐があると言っても、それは限度があります。 暇なのも時間が経たなくて苦痛です。 真、人というものはわがままに出来ているようです。  命一つ 身にとどまりて天地(あめつち)のひろくさびしき 中にし息(いき)す 窪田空穂の和歌です。窪田空穂歌集 (岩波文庫)大岡 信岩波書店 命の器でしかない肉体を詠って壮大です。 その壮大さを思う時、私はおのれの小さな感情に恥じ入るばかりです。  小さな肉体に閉じ込められて世の片隅で生きるしかない私たち。 私たちはその宿命を呪いながらも、呪うばかりではなく、幸福を求めずにはいられません。 そのような人類全体、いや生命全体を貫くどうしようもない運命を嘆かずにいられない精神とは、如何なる構造になっているのでしょうね。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
文学

茶器

職場の警備員から、妙なことを頼まれました。 焼き物が趣味だとかで、満足いく出来の茶碗が3つほどあるので、お茶の師匠をやっている私の母に見てもらいたいというのです。 私は母が茶道の先生をやっているなんて、職場で話した覚えが無いのですが、飲み会の席か何かでぽろっと言っちゃったんでしょうね。 それを伝え聞いた警備員から茶碗を預かったというわけです。  こんな感じです。 私は茶道具に関しては全くの素人ですが、素人目ではなかなか良く出来ているように感じます。 果たして母が何と言うか。   で、今日これから実家に行かなければならなくなりました。 8月13日に墓参りに行ったばかりなのですが、自分を頼ってこられると断れないという厄介な性格が災いして、素人の茶碗を母に見せるという面倒ごとを引き受けてしまいました。 まぁ、そんなにけなされることは無いとは思いますが。
文学

ウランバーナの森

昨日は奥田英朗のデビュー作「ウランバーナの森」を読みました。ウランバーナの森 (講談社文庫)奥田 英朗講談社 ウランバーナとは、サンスクリット語で盂蘭盆会の意味。 明らかにジョン・レノンをモデルにしたと思われる主人公、ジョンとその妻ケイコ、幼い息子ジュニアが、軽井沢の別荘地でひと夏を過ごす幻想的な物語です。 奥田英朗といえば、ユーモア小説からミステリーまで、幅広くエンターテイメントを描く作家のイメージがありましたが、今作は純文学の香り漂う上品なものでした。 ジョンはひどい便秘に悩まされ、医者に通います。 ストレス性だろうということで、途中から精神科に移ります。 軽井沢の森では、靄が立ち込めると、不思議な現象が発現します。 ジョンと関係の深かった死者が、靄の中から現れ、つかの間の逢瀬を楽しむのです。 ジョンは困惑しながらも、関係が良かったとは言えない母親や、ひどい言葉をなげつけて傷つけてしまったマネージャーらに会い、謝罪したりして、癒されていきます。 お盆には死者がこの世に帰ってくるという故事を念頭に置いた物語なのでしょうね。 それは現実に出来したことなのか、精神科医の催眠療法によるもの...
文学

崩れる

いつもどおり朝は6時半に床から出ました。 私は生活のリズムが崩れることを怖れ、休みの日でもいつもどおりに起きるようにしています。 水のシャワーを浴びて頭をすっきりさせ、納豆と明太子とソーセージをおかずに朝飯を食いました。 その後珈琲を飲みながら新聞を丹念に読みました。 8月15日という日ではありますが、安倍談話以外はそれほど戦争ネタはなく、少しほっとしましたね。 続いて読書。 貫井徳郎にしては珍しい短編集を読みました。  「崩れる」です。 崩れる・怯える・憑かれる・追われる・壊れる・誘われる・腐れる・見られる、という8つの短編が収録されていました。 タイトルをすべて動詞にしていますが、物語に共通性はありません。 じつにバラエティに富んだ作品群で、いずれも日常のちょっとした恐怖や奇妙さを描いています。 それでも、いわゆる奇妙な味というわけではなく、この作者らしい、短いながら本格的なミステリーの香りを醸し出しています。 作者は長編をよくしますが、まるで短編の名手のような印象を受けました。 器用な人ですね。崩れる 結婚にまつわる八つの風景 (角川文庫)貫井 徳郎角川書店(角川グループパブリッ...
文学

神鳴の

朝から大気の状態が不安定なようで、雨が降ったりやんだり。 さっきからは雷が鳴っています。 夏らしいといえば夏らしい天気です。 神鳴の わづかに鳴れば 唐茄子の 臍とられじ と葉隠れて居り 正岡子規の和歌です。 雷を神鳴と表現しています。 唐茄子とは、かぼちゃのこと。 雷がわずかに鳴っただけで、庭のかぼちゃがへそをとられまいと葉に隠れた、というユーモラスな和歌です。 「竹乃里歌」という歌集に見られますが、上の歌の後に、 神鳴の 鳴らす八鼓(やつづみ)ことごとく 敲き(たたき)やぶりて 雨晴れにけり という和歌が見られます。  こちらは解釈の必要はありますまい。 字義どおり、力強くて神話的な趣を感じさせます。子規歌集 (岩波文庫)土屋 文明岩波書店竹乃里歌―正岡子規全歌集土屋 文明,五味 保義岩波書店 病床にあっても、正岡子規は季節の移ろいを感じつつ、時にユーモラスに、時に力強く季節を切り取ってみせました。 その執念はどこから来たのでしょうね。 季節感を何より大切にするわが国の詩歌の世界は、地球温暖化や異常気象、また冷暖房の普及によって、もはやこの世のものでは無いような感すら覚えます。 こ...
スポンサーリンク