文学

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世をそむけり

すべてあらぬ世を念じ過ぐしつゝ、心をなやませることは、三十餘年なり。 その間をりをりのたがひめに、おのづから短き運をさとりぬ。 すなはち五十の春をむかへて、家をいで世をそむけり。 もとより妻子なければ、捨てがたきよすがもなし。 身に官祿あらず、何につけてか執をとゞめむ。 むなしく大原山の雲に臥して、また五かへりの春秋をなん経にける。 「方丈記」にみられる一節です。 現代語では、以下のようなところでしょうか。 生きにくい世の中、無事を祈りつつも、心を悩ませること三十年あまり。 その間、人生の節目節目に行き違いがあってうまくいかず、運が無いことを悟った。 そこで五十歳の春、家を出て世を捨てた。 もともと妻子もなければ、家を出ることを思いとどまるような親類も無い。 官位もなく、禄も無い。 世に執着する理由など無い。 何をするでもなく、大原山の雲の下で過ごし、五年の月日が経った。方丈記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)簗瀬 一雄角川学芸出版 筆者の鴨長明は、もともと京都の賀茂御祖神社禰宜の次男に生まれ、跡を継ごうと様々に画策しますがうまくいかず、世をはかなんで世捨て人となり、京の田舎に庵を結...
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世界で最も影響力のある100人

米誌タイムが発表した「世界で最も影響力のある100人」の一人に、村上春樹が選出されたそうですね。 ここ何年もノーベル文学賞候補に名が上がり、諸外国でも多くの読者を抱える身であれば、当然とも言えるでしょう。 そこで、彼のデビュー作「風の歌を聴け」をぱらぱらと読み返してみました。 デビュー作というのは、その作家の持ち味がすべてつまっているものです。 村上春樹本人は、デビュー作とそれに続く「1973年のピンボール」・「羊をめぐる冒険」の、通称鼠3部作を、未熟だとしてお気に召さないようですが、私はこれら最初期の作品群にもっとも強く惹かれます。風の歌を聴け (講談社文庫)村上 春樹講談社1973年のピンボール (講談社文庫)村上 春樹講談社羊をめぐる冒険 文庫 上・下巻 完結セット (講談社文庫)クリエーター情報なしメーカー情報なし 「風の歌を聴け」は、都内の大学に通う「僕」が夏休みを利用して故郷の神戸に長期間帰省し、「鼠」というあだ名の友人と酒を飲んだり、奇妙な恋愛沙汰に巻き込まれたりという、広い意味での青春小説です。 ドライな文体にウェットな内容を含んだ、軽い感傷が心地よい作品でした。 ペー...
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むなしき空に

ようやっと、4月中旬らしい、暖かい日差しが感じられる僥倖に恵まれました。 このところすっきりしない天気が続いたため、ありがたく感じられます。 しかし、桜が散った後の春雨に抒情を感じさせる和歌もあります。 花は散り その色となく ながむれば むなしき空に 春雨ぞ降る 新古今和歌集にみられる式子内親王の和歌です。新古今和歌集〈上〉 (角川ソフィア文庫)久保田 淳角川学芸出版新古今和歌集〈下〉 (角川ソフィア文庫)久保田 淳角川学芸出版 桜が散ってしまった風景を眺めると、桜を求めるというわけではないけれど、春雨が降って、なんとなくむなしく感じられる、といったほどの意かと思われます。 なるほど、桜の狂的な咲き乱れぶり、散り乱れぶりを思えば、その狂気が終わってしまったのですから、後に訪れた静かな、暖かい雨には、何か気が抜けたような、一種のむなしさを感じるのも、むべなるかな、と思います。 一昨日までの雨続きは、そんな春の憂愁を感じさせつつも、初夏への期待を感じさせるものでしたね。 それを過ぎなければ、爽やかな初夏は訪れないのですから。 しかし、爽やかな初夏の後には、過酷な猛暑が待っています。 地域...
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ノーベル賞作家の死

ドイツのノーベル賞作家、ギュンター・グラス氏が亡くなった、との報に接しました。 享年87歳。 大往生と言っても良い年ですが、そういう感慨はわきません。  私にとっては、「ブリキの太鼓」の印象が鮮烈です。 自らの意志により、3歳で成長を止めた子供を主人公にした、奇怪かつ緻密な作品です。 かなりグロテスクな描写もあり、まさしく大人のための残極物語といったところでしょうか。ブリキの太鼓 1 (集英社文庫 ク 2-2)高本 研一集英社ブリキの太鼓 2 (集英社文庫 ク 2-3)高本 研一集英社ブリキの太鼓 3 (集英社文庫 ク 2-4)高本 研一集英社 たしか私が小学生の頃映画化され、カンヌでパルムドールを受賞したように記憶しています。ブリキの太鼓 HDニューマスター版 ダービッド・ベネント,シャルル・アズナヴール,アンゲラ・ヴィンクラー,ダーヴィッド・ベネント,ダニエル・オルブリフスキギャガ・コミュニケーションズ その年は「エレファント・マン」が話題で、小学生だった私には「ブリキの太鼓」は難解に過ぎ、「エレファント・マン」のほうが面白いのに、と思ったものです。エレファント・マン ジョン・ハー...
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桜吹雪に牡丹雪

珍しく、桜も葉桜になろうという4月の今日、雪が降りました。 こんなこともあるのですねぇ。 雪中梅図というのは聞いたことがありますが、雪中桜図というのは聞いたことがありません。 まるで起きてはならない現象が起きたようで、職場の窓から眺める外の風景は、美しくも禍々しくも感じられる、幻想的なものです。 雪と見て かげに桜の 乱るれば 花の笠着る 春の夜の月 「山家集」にみられる西行法師の和歌です。  雪かと思ったら散る桜であった、その向こうに月が見える、というほどの意かと思います。山家集 (岩波文庫 黄 23-1)佐佐木 信綱岩波書店  誠に美しく幻想的な和歌ですが、雪かと思うほど寒いにせよ、実際に降ってはいないわけです。 ところが今日は散る桜と本物の雪が一緒に見られるという珍しい事態が起きており、これは目に焼き付けなければなりませんね。 そのせいか今日はなんとなく気分が浮かれています。 午前中、そわそわして窓の外ばかり見ていました。 積もるほど降ることはないでしょうから、帰りの足を心配することもありません。 むしろ少しでも長く、この牡丹雪と桜吹雪の共演を眺めていたいと思わずにはいられません...
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