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サイコ・リバース

ヒッチコックの名作「サイコ」からヒントを得たと思われるサスペンス「サイコ・リバース」を鑑賞しました。 ヒッチコックの「サイコ」に見られた緊張感はなく、冗漫な感じでした。 母親に虐待され続けた青年ジョン。 母親の死後、エマという名のもう一つの人格がジョンに現れます。 夫婦としてひっそりと生活していたジョンとエマ。 しかし、自宅のすぐ横を通る列車が事故を起こし、庭に列車が突っ込んできて、庭で洗濯物を干していたエマが新聞写真に載り、九死に一生を得た女性と報道されたことで、ややこしいエマ=母親とジョンの確執が始まります。 いくら女装して裏声で話したところで、誰か気付くだろう、という不自然さは否めず、それが鑑賞していてしらけた気分になる要因のように思います。 「サイコ・リバース」というタイトルは名前負けのような気がします。 「サイコ2」・「サイコ3」の正統的続編のほうが見ごたえがあります。サイコ リバース マイケル・ランダー,ライアン・ロイアメイジングD.C.サイコ アンソニー・パーキンス,ジャネット・リーユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパンサイコ2 トム・ホランドユニバーサル・ピクチャーズ・ジ...
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ドクターズ・ハイ

昨夜は法医学解剖医の卵たちが繰り広げる戦慄のゲームを描いた「ドクターズ・ハイ」を鑑賞しました。 法医学解剖医を目指すエリートたちが集まる医療センターに赴任したテッド。 彼はそこでずば抜けた能力を発揮します。 医療センターには、ドラッグをやり、怪しげな行動をとるグループがおり、彼らはあいつら(生きた人間)をこいつら(遺体)に変えることが増えすぎた人類のためだと信じています。 テッドは彼らに誘われるままに、新しい遺体の死因をあてるゲームに参加します。 非常に手の込んだ殺害方法でしたが、テッドはそれを言い当てます。 正解を知っているのは、そのグループのうちの一人だけ。 つまり、犯人です。 彼らは順番に手の込んだ方法で殺人を犯し、その遺体をゲームに提供するのです。 やがてテッドもドラッグとゲームにのめりこんでいきますが、婚約者との同居を契機にゲームから抜けると宣言します。 そこから、グループのリーダーとテッドの愛憎渦巻く本当のゲームが始まるのです。 医者というのは本来生きている人を診るものですが、解剖医というのは最初から遺体が相手。 遺体に残された様々な痕跡から死因、殺害方法や犯人像を探るわけ...
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十三人の刺客

昨夜は久しぶりに大型時代劇を鑑賞しました。 「十三人の刺客」です。 将軍の弟で明石藩主は、残虐な暴君で知られていました。 藩主を諌めるため、部下が城門前にて切腹。 しかし将軍は、弟可愛さからか、弟をとがめることはありません。 時の老中は密かに旗本の島田を呼び出し、明石藩主を暗殺するよう命じます。 役所広司演じる島田は、信頼できる侍を集めます。 参謀役に松方弘樹、刀の達人役に伊原剛司、島田の甥に山田孝之、山で拾った身体頑強な山男に伊勢谷友介と、いずれ劣らぬ曲者ぞろい。 一方暴君の明石藩主に稲垣吾朗、その忠実な部下で島田のライバルに市村正親。 互いに謀略のかぎりを尽くして、戦います。 チャンバラシーンは十三人対二百余名。 仕掛けや火薬で翻弄し、暴君側の人数が減ったところで、本格的な切り合いとなります。 チャンバラの迫力もさることながら、暴君を演じた稲垣吾朗の不気味さが際立っています。 気に入らなければ平気で家来を切り殺し、慰み者にするために村の娘をさらって両手両足切り落とし、舌を抜く暴虐ぶり。 しかも飽きたら街道沿いに捨ててしまいます。 自分を狙う暗殺者たちとの戦いに酔いしれ、こんなに面白...
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RPG

私はテレビゲームをやりませんのでよく知りませんが、RPG(role-playing game)と呼ばれる仮想現実の世界で遊ぶものが人気を博しているそうですね。 昨夜、これを現実の世界で遊ぶ大人たちを描いた「RPG」を観ました。 カナダのある森、高い木の塀で囲まれた大人のための遊園地は、バイキングだったり、ケルト王国だったり、シャーマンだったりの役を購入し、中世そのままの衣装をつけ、当時そのままの生活をしたり、他部族とゴムの剣で戦争ごっこをしたりする、ごっこ遊びの世界です。 そのごっこ遊びにのめりこみ、何日も滞在する恋人にふられそうになり、恋人を奪還するためごっこ遊びの世界に身を投じた若者。 最初のうち、みんなうすら笑いを浮かべながらいかにも遊び、という風情でしたが、恋人を生贄のためにさらったシャーマンがだんだん現実と仮想現実の区別がつかなくなり、その意志はシャーマンの子分たちに伝搬。 ゴムの剣を捨て、角材や小型ナイフで敵を襲います。 当然、襲撃を受けた側もこれに応戦。 冷静な者は駐車場に逃げ、車の中から警察と救急車を襲いますが、死傷者は多数にのぼります。 心理実験が悲劇的な結末を迎える...
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変人村

フランスのカルト・ホラー「変人村」を観ました。 ヨーロッパらしいおどろおどろしい雰囲気は最高でしたが、もう一つパンチに欠けるような気がします。 ナイト・クラブで遊んでいた三人の若者が、そこで知り合った二人の女性と良い雰囲気になり、女性が住む家に泊まりに行くことに。 郊外、とは言っていましたが、郊外どころかド田舎、野中の一軒家です。 そこは立派なお屋敷でしたが、住んでいるのは女と使用人夫婦だけ。 そこにしばらく滞在するのですが、使用人、明らかに変です。 頭が弱いのかなんだか知りませんが、よくもこんなに変人を演じられるものだ、と感心させられます。 やがて使用人夫婦及び主にあたる若い女はどうやら悪魔崇拝者で、儀式に必要な生贄を求めていたと知れます。 日本人のホラー好きは、悪魔とか神とかいう話になると、急に白けちゃうんですよねぇ。 そういう概念を私たちは受け入れられないようです。 悪も善も相対的なもので、絶対善とか絶対悪とかいうものは存在しえないでしょう。 石川淳が「至福千年」で、悪党に「悪を極めて聖にいたる」と語らせています。 私には悪魔崇拝よりこちらのセリフのほうが、素直に腹に落ちるのです...
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