思想・学問

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新興宗教

今日は大本教の開祖、出口なおの忌日なんだそうで。 幕末にうまれた出口なおは裕福な家に生まれながら父親の放蕩により没落、嫁いだ先では11人の子宝に恵まれますが、3人は夭逝、残る8人も、5人は自殺、2人は犯罪者となって終身刑、1人は精神障害を発症してしまいます。 誠に不幸な境遇ですねぇ。 50歳を過ぎて、出口なおは神懸りを経験するようになります。 56歳の時、「艮(うしとら)の金神(金光教の神)、元の国常立尊(大本教の本尊)」と宣言する神と出会う霊夢を見たと伝えられます。 その翌年、旧正月の5日、本格的に「艮(うしとら)の金神」が神懸り、出口なおに神懸りした艮の金神こそ、この世界を創造・修理固成した元の親神である国常立尊であるというのです。   出口なおです。 大本教では、この日、現在の2月3日を開教の日としているそうです。 神懸りから正気に戻った後、まず13日間の絶食と75日間の寝ずの水行を行います。 同居していた娘に、なぜか村の各場所に塩をまかせる等の用事を頼んだと伝えられます。 こうした奇行は周囲から「狸か狐がついた」と思われ、当初は大目に見られたようですが、やがて放火犯と間違われて...
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走馬灯

小雨がぱらついているようです。 気付けばすっかり秋も深まってきました。 そのせいか、世の無常をいつも以上に感じ、あの人は今、みたいな感じでネット・サーフィンをしてみました。 清水健太郎は覚醒剤や業務上過失致死などの罪で7回も有罪判決を受けながら、今も娑婆でライブをやったりVシネマに出たり。 これから会社を作って映画製作をやりたいそうです。 旺盛な人ですねぇ。 田代まさしは現在服役中ですが、同じ雑居房から出所したヤクザの組長が、誰も本人だと気付かぬほど痩せ衰えていたと証言しています。 海部俊樹元総理は現在引退し、大正琴協会の名誉職などを務めているとか。 変に二枚目だった民社党の大内啓吾は、現在83歳で存命だそうですが、一切メディアに出てきませんね。 銀座の老舗旅館で生まれ育った江戸っ子で、しかも二枚目だったことから、老醜をさらすのを潔しとしないのかもしれません。 しかし、往年の二枚目が堂々と老醜をさらし、老いるということの意味を若い者に教えるほうが、潔いように思います。 よく、臨終に際し、その人の人生が走馬灯のように蘇る、という話を耳にします。 走馬灯は回り灯篭とも呼ばれる、江戸時代の夏...
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天才と凡才

世の中には常人には計り知れない実力と運を持っている人がいるんですねぇ。 楽天の田中投手。 今年は負けなしの24連勝で、クライマックス・シリーズも最後に登場して見事に押さえました。 その姿は威風堂々として、もう誰もマー君なんて呼べません。 こういう人にはメジャー・リーグなどに行かず、日本プロ野球界に骨を埋めて欲しいものです。 この人の後ろには、何万人、何十万人という、高校野球などで地元では負けなしの大投手でありながら、プロを目指した途端、広いプロ野球の世界のレベルに追いつかないと知って諦める人や、諦めきれずに30歳を過ぎてもプロ・テストを受け続ける人がいるんでしょうねぇ。 そしてそういう人は、ある程度野球を知っているからよけい、田中投手のような人の凄まじさが分かってしまうのでしょうね。 中途半端な才能があるというのは、不幸なことです。 「アマデウス」のサリエリを思い起こしてみれば明らかです。アマデウス F・マーレイ・エイブラハム,トム・ハルス,エリザベス・ベリッジワーナー・ホーム・ビデオ それは野球であれ、芸能であれ、芸術であれ、なんでもそうです。 私もかつてプロの小説家を目指し、せっせ...
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メランコリー親和型性格と情報革命

私は長く、悲哀や憂鬱が続く精神障害に苦しみ、最近、大分良くなりました。 しかし思い起こしてみると、精神障害発症前から、いわゆるメランコリー親和型性格と呼ばれる特徴を物心ついた時から持っていたように思います。 すなわち、几帳面、完璧主義、気が利きすぎる、環境の変化に弱い、などです。 西洋において、古代にはメランコリーは否定されるべき悪しき性格特徴でした。 しかし、古代ローマにおいて、唯一、アリストテレスだけは、断片的ではありますが、メランコリー親和型性格を、天才の必須条件である聖なる狂気と呼んでこれを肯定しています。 その後も長くメランコリーは忌避されてきましたが、例えばシェイクスピアの「ハムレット」のように、常に憂愁に囚われている貴種を主人公としたり、さらにはロマン主義がにわかに起こり、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」など、メランコリーを正面から扱う芸術運動が勃興し、それは美術においても音楽においても見られる現象です。新訳 ハムレット (角川文庫)William Shakespeare,河合 祥一郎角川書店若きウェルテルの悩み (新潮文庫)高橋 義孝新潮社若きウェルテルの悩み (まんが...
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日曜日の夜

日曜日の夜が憂鬱なのは、3歳の幼稚園の頃から今、44歳のサラリーマンに至るまで、全く変わりません。 もう40年以上、平日はどこかに通う生活を続けているのですね。 生きるためとは言え、愚かなことです。 人に限らす、生きとし生ける生き物は、食うか食われるかの、苦しい生活を強いられています。 そこで人間は、哲学や宗教などを考えだし、生きている人間の生きる理屈を考えだしたのでしょう。 最後の審判だとか、成仏だとか、それぞれに宗教によって救いは異なります。 しかし私は、究極のところ、仏教もキリスト教もユダヤ教もイスラム教も、同じなのではないかと思っています。 どの宗教も、人間の魂を救うことを最終的な目標にしています。 私はもちろん、生まれ育ちゆえ、仏教、特にわが国で花開いた大乗仏教を深く信じています。 しかしだからと言って、他の宗教を信じる人々を排斥する気はありません。 私が大乗仏教に帰依するのと同様、キリスト教でもユダヤ教でもイスラム教でも、おのれの生まれ育ちによって、帰依する教えは異なるでしょう。 しかし私は、人間が人間であるかぎり、ありとあらゆる宗教が、全て人間一人の幸福を願うという意味で...
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