思想・学問

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愛

ここ30年ばかりの愚かな流行歌の盛況ぶりに嫌気がさしているのは私ばかりではありますまい。 特に聞き苦しいのは男女間の恋を表わすのに、愛という言葉を多用することです。 もともと愛は贈り物をする、という意味で、転じて、相手を慈しむとか、ある物事に執着する、とかいう意味になったものです。 日本では長く、親子や兄弟間、もしくは広く生命全般に対して使われる言葉でした。 西郷隆盛の敬天愛人などは、特定の人を愛するのではなく、人類全体を愛するという意味ですね。 仏教では、愛欲などといって、愛は執着を表わす言葉で、否定的に使われていました。 男女間の場合は、恋もしくは色と言ったものです。 明治初期、北村透谷あたりが、欧米で流行り始めた男女間の純愛という思想にとびついて、恋愛至上主義的な言説を弄して当時の少年少女を惑わせたのが、愛という言葉の倒錯的な用い方の始まりでしょう。 あまたいる異性の一人だけに対して愛という言葉を用いるのは、あまりに排他的で、本来の用法から逸脱しています。 そうは言っても、言葉は時代とともに変化していくもの。現在のような用法はあまりにも広く行われ、国語辞典にも変化後の旨が記載され...
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H.G.ウェルズと退廃

子どもの頃、H.G.ウェルズのSF小説をよく読みました。 「タイム・マシン」、「透明人間」、「モロー博士の島」等々。 いずれも優れたエンターテイメントであり、19世紀末の社会を風刺する文明批評でもありました。 これらの小説と退廃を結び付けて論じた論文を読みました。 太田省一という社会学者による論文で、タイトルは「退廃・獣人・嫌悪」といいます。 ダーウィンの進化論を援用して、生物は一方向に向かって進化していくのではなく、むやみに多くの変種を生み、たまたま自然に適応した種だけが生き残るので、人類は進化でも退化でもない状態=退廃の状態に置かれる、と人間の状況を定義付けます。 「タイム・マシン」では80万年後の、労働から解放されたユートピアのような世界に住む、優雅で温和なエロイと出会い、彼らの生活に主人公は安堵します。しかし、それは地下で労働をもっぱらにする獣人モ―ロックによって支えられていることを知ります。さらに恐怖すべき発見をします。モーロックの食糧はエロイなのです。 主人公はさらに未来へと進み、もはや人類の末裔は見つかりません。 それでも、主人公は未来へと進みます。 19世紀末に戻り、主...
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宇宙樹

地球が丸くて、しかも宇宙の片田舎にある太陽の周りをぐるぐる回っている、とする事実を突き付けられたとき、当時のヨーロッパの人々はひどく動揺したようです。 それはそうでしょう。地球は宇宙の中心にあって、地球の周りを他の星が回っていると考えていたのですから。 宇宙の中心にある星に君臨する人間は、神様に似せて作られた立派な生き物のはずでした。 それがその他大勢になってしまったわけです。 学芸会でお姫様役のつもりだったのに、どっちを向いてもお姫様で、誰も世話する役がいなかったようなものです。 かくして、地球及び人間は、自らの力で孤独に生きる運命を思い知らされました。 古代、北欧では、巨大な木が世界を構成していると考えられていました。その名称は、宇宙樹とも、世界樹とも。 下の絵が、北欧で考えられた世界です。  イスラム教にも、天上に通じる巨木に対する信仰が見られます。 わが国においても、杉の木や楠などの巨木にしめ縄を張って、ご神体としてお祀りしますね。 木だけでなく、古くはバベルの塔やピラミッド、現代ではドヴァイ・タワーや建設中の東京スカイツリーなど、人間は天上へ天上へと志向していきます。 天上に...
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閨房哲学

サド侯爵の作品は、文字通りサディズムに溢れており、ときにそれは滑稽なほどですが、話の合間に、登場人物たちによる長い哲学的な会話が交わされることを特徴とします。 その特徴は、まずアンチ・キリスト、それに死後の不存在、さらに快楽至上主義、また人間の法より自然の掟、といったところでしょうか。 「閨房哲学」はサド思想を知るうえでもっとも平易な作品ですが、そこで殺人を正当化する理屈が語られます。 自然にとって、人間の命も動物や虫の命も等価値なはずで、人間が牛や豚を殺すのと殺人を犯すことは、どちらも残虐非道な犯罪か、あるいはどちらも取るに足らないことでしかない。人間は他の生物を殺害しなければならない宿命を負っており、牛や豚を殺すことは取るに足りないことだ。したがって殺人も取るに足りないことだ、というわけです。 屁理屈みたいなものではありますが、幼児に「どうして人を殺しちゃいけないの?」と問われると、なかなかうまく答えられないのではないでしょうか。  例えば絶対に捕まらないという保証があり、殺せば莫大な金が手に入る、という状況で、眠っている老い先短い老人を前に出刃包丁を持っていたとしたら、どうするで...
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七

今日は9月7日。 7という数字は、洋の東西を問わず、特別な数とされてきました。ラッキー7などと言いますね。 まず西洋。ピュタゴラス学派は、人間は七つの天界の惑星に支配されていると説き、一週間を7日と定めました。キリスト教では、7つの大罪が定められています。これを元にした頭脳明晰な連続殺人犯の狂気を描いた名作「セブン」が製作されました。 次いで東洋。北斗七星が人間の運命を司るとされました。また、諸葛公明は病気平癒に祈祷のために、7×7=49人を選び、7日間、お祈りさせたと聞いています。 そして本朝。歌舞伎の変身は七変化。カラスの子は7つ。7歳までは神のうち。陰陽師安部清明を祀る清明神社には、大きな北斗七星の紋が飾られています。楠正成は七度生まれ変わって朝敵を滅ぼさんと、天に誓いました。お葬式も、初七日、そして四十九日と、7にまつわる法要を営みます。七福神に春の七草。 ざっと思いついただけでも、7が特別な数字であろうことが予想されます。 7は素数ですが、キリスト教社会はかつて神が作った完璧であるべき世界に素数が存在することはおかしいと考え、素数の存在を一部の学者や宗教家を除き、庶民に隠蔽し...
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引きこもり

政府が新卒採用について、卒業後3年まで新卒扱いにしろ、と各業界に圧力をかけましたね。 新卒の幅を広げただけで、新卒ばかり採用する慣行には手をつけませんでした。 最近の調査で、引きこもりの平均年齢が30歳を超えたことが判明しました。 理由は二つ。 一つは十代から引きこもってたやつが十年以上引きこもっていること。 二つは就職したものの、仕事になじめなかったり、途中で病気になったりするやつが増えたこと。 他人事ではありません。 私も就職して15年目に精神疾患を発症し、長いこと仕事を休みました。 幸い職場復帰できましたが、中年引きこもりになっていたかもしれません。 老親の年金を頼りに引きこもっていた40代半ばの引きこもり男性が、親の死をきっかけに収入が途絶え、ホームレスになってしまった、という話を聞きました。生活保護を申請すればよさそうなものですが、役所で色々聞かれるのがいやで、役所に行っていないそうです。 豊川市では、引きこもり歴15年の30歳の男が、4月、父親にインターネットの接続を解約されたことを恨んで両親、弟、義理の妹、姪を次々に刺して家に火を放つ、という凶行に及びました。父親と姪が亡...
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奇妙

私はこの頃、世の中のなにもかもが奇妙なものに思えてしかたありません。 物語というのは、化け物が出てきたり、むやみに人が死んだり、現実にはあり得ないような熱い恋愛がくり広げられたりします。 物語の親ともいうべき神話は、奇妙な話のオンパレードです。 美術も、ガラクタとしか思えないようなものを並べたり、ディスプレイを並べて点滅させたり、奇妙です。 科学というのも、宇宙空間を光の速さで移動すると時間の流れが遅くなり、地球に帰還すると浦島太郎状態になるとか、異次元の存在とか、奇妙な説を展開しています。 サラリーマンが行っている仕事も、たいして良くないものをさも素晴らしいもののように宣伝して売りつけたり、儲かってもいないのに書類上のカラクリで儲かっているようにみせかけたり、死ぬほどどうでもいいことをがん首そろえて話し合い、半日つぶして結局継続審議になったり、上司の下手くそなゴルフをナイスショット、とか言って手を叩いて喜んで見せたり、なんだか奇妙です。 文学者にいたっては、古典の写本で新しい発見があり、どこが違うかと言ってたった1行、けりがなくて体言止めだ、とか言って大騒ぎしたり、考古学者は自分で遺...
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神(かむ)ながら

ニュースは民主党代表選挙のことばかりですね。  代表選を戦うお二人が、心底国を憂えていることは確かなんでしょうが、なんとなくサル山のボス争いに見えてしまうことは民主党にとって不幸なことです。 国を憂えるといえば、そのものずばり、「憂国」という小説がありました。  三島由紀夫の作品です。  国のためにテロを決行した仲間である青年将校を討つよう命じられた軍人が、それを潔しとせず、妻との濃厚な濡れ場の後に切腹する話で、じつはほとんど国を憂える情は描かれていません。 むしろ下手な官能小説よりもエロ度は上でしょう。18禁にしたほうがよいかもしれません。 一方、「英霊の聲」という作品があります。 こちらは特攻で亡くなった飛行機乗りをはじめとして、2.26事件の青年将校など、三島由紀夫が英霊と考える荒魂を神主が依代となって招き、昭和陛下へのうらみつらみを並べたてる、という話です。  文学作品としてはほとんど破綻していますが、それこそ英霊が乗り移ったかのごとき三島由紀夫の筆の冴えは、気味が悪いほどです。  「などてすめろぎは人となり給いし、などてすめろぎは人となり給いし」、と英霊たちが怨嗟の声を上げな...
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脱自(ekstasis)

昨日41歳になり、私はあらためて来し方を振り返ったのでした。  実際に存在する私(existence)は、死に向かう一方通行の時間に閉じ込められながら、死に向かう時間を忘れて、あるいは無視して日常の雑事にかまけています。そこにあるのは、ハイデガー言うところの対象化された私です。 様々な日常との関係性のなかで生きている私とも言うべきでしょうか。 ハイデガーは、非対象化した生き方、脱自(ekstasis)を求めます。  これは理論としては面白いですが、実際には無理でしょう。ekstasisは恍惚とも訳され、性的絶頂の意もあります。  三島由紀夫は「絹と明察」という小説で、以下のように簡略に説明しています。 自己から漂い出して世界へ開かれて現実化され、根源的時間性と一体化する。 また、和泉式部の和歌に、 もの思へば 沢の蛍もわが身より あくがれ出づる魂(たま)かとぞ見る という、魂が遊離した恍惚状態を歌ったものがあります。 いずれも脱自(ekstasis)ですね。 私はこれらのことを知識として知りながら、やっぱり対象化した私でしか、生きられません。 また、同じ歌人の歌に、 冥きより 冥き道に...
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ネズミ算

日々小説や映画などの物語に接して、ぼんやりとした不思議を感じます。 例えば1000年前の「源氏物語」を読んでいて、私は私の「源氏物語」を再編成しているわけですが、これがあらゆる物語の享受者によって同時並行的に行われるということは、驚愕すべき事態です。  作者はAという物語を作り上げます。そしてそのAは、作者にとって一種の自己弁護に過ぎません。 作者が面白い、もしくは美しい、あるいは正しい、と思う、作者にとっての良い物を自慰のように垂れ流すのです。 そしてAを鑑賞するものは、Aを元にして、Aとよく似た、しかしAとは違うA´を作り上げます。 仮にAを100人の人が鑑賞したなら、100のAのような物語が生まれるわけです。 これが同時に、しかも時代を超えて行われるわけですから、Aによって無限の物語が生まれ、拡大再生産を続けることになります。 それが外国の作品であれば翻訳によって、また古典であれば現代語訳によって、また、舞台化や映画化によって、Aのヴァリエーションはもはや収拾不可能なパラレルワールドを生み出します。 まるでネズミ算のようです。 物語が人の数だけ拡がっていく様を、芥川龍之介は「藪の...
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犀の角 

私のまわりでは、結婚するよ、という友人・知人からの知らせより、離婚しました、という報告のほうが多くなってきました。 私の年齢が上がって、これから結婚する友人より、すでに結婚した友人が多いからかもしれませんが、せっかく縁あって一緒になったものをもったいない、という思いと、嫌なら一分でも早く分かれたほうがよい、という思いとが、交錯します。 以前、ヘレン・フィッシャーという人類学者が、「愛はなぜ終わるのか」という著書で、恋愛の寿命は四年だ、という説を唱えて、世の浮気者を喜ばせました。 もしかしたら本能的にはそうなのかもしれませんが、人間と人間の付き合いが、四年で終わるわけもなく、焼ぼっくいに火がつくなんて言葉があるとおり、それが男と女であれ、同性同士であれ、複雑な人間関係は長々と続くのが当然です。 そうでなければ、添い遂げる夫婦があまたいるという事実が腑に落ちません。 ただ、社会が離婚に寛容になったことはたしかでしょう。  「ニューヨークの恋人」という映画で、19世紀からタイムスリップしてきた青年貴族が、現代のニューヨーカーを演じるメグ・ライアンに自由恋愛について大真面目に力説し、吹き出され...
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異性装

最近、男性用ブラジャーというのが発売され、けっこう売れているらしいですね。 女装や男装など、実際の性と異なる衣装を身につけることは、古くからおこなわれてきました。 白拍子が男装をして踊ったり、古代ギリシアでヘラクレスに仕える神官(男)は女装していました。 農家の田植え祭りなどで13から15歳の少年に女装させることは広く日本各地で見られます。 また、舞台芸術の分野では、歌舞伎や能で男が女装して女を演じます。 宝塚はその逆ですね。 映画「1999年の夏休み」では、登場人物の少年すべてを少女が演じ、カルト的な人気を誇っています。 このような、異性装への嗜好は、どこからきているのでしょうね。 文学の世界では「とりかへばや物語」というのが最も直接的ですね。男らしい女児と女っぽい男児の二人を取り替えて育てる話です。 また、男の作家が女目線で小説を書いたり、女流作家が男を主人公として書いたり、ということはよく行われます。 一種の変身願望と見るべきか、あるいは性を超えた神秘的な存在へのあこがれなのか、よくわかりません。 私も幼少の頃、母親の口紅を塗って遊んだりしたことがあります。女の子の格好をしたいと...
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キリスト者

本堂の ツリーまばゆい 保育園  都合よく 神と仏を およびして 上のような川柳が生まれるように、わが国民は宗教に対して誠に寛容。 八百万もの神様がおられる国ですから、三世の諸仏が入ってこようとアッラーの神が入ってこようと、どうってことありません。 八百万という神々だって、だいたいそのぐらい、という程度の意味ですから、実際に何柱になるのか、さっぱりわかりません。  そのような宗教的バックボーンを持つわが国で、キリスト者として生きるのは大変困難なことだろうと思います。 キリスト者は、日本という多神教的もしくは無神論的社会のなかで、聖書の教えに従って、永遠の汝=神との関係性を第一として生きなければなりません。 精神的にそのことが可能であったとしても、教会は現実に存在する組織です。これを維持し、布教を続けるには、先立つものが必要です。 而してキリスト者は、異教の社会で、聖書に忠実に、しかも金を儲けなければいけないのです。なんという苦難。 キリスト者たろうとするのは、この日本ではイバラの道を歩むことなのです。 翻って、仏教や神道。 じつはこちらも、キリスト者と事情はそれほど違いません。 日本人...
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出自

平成12年度から平成14年度まで勤務した部署は、日本全国から集められた多くの人々からなっていました。 その部署に配属されることを、全国の事業所では人さらいと言って恐れていました。 北海道から沖縄まで、じつにさまざまな人に出会いました。 たこ焼きやお好み焼きをおかずにご飯を食べる関西人にも会いました。噂は本当だったのだ、と驚きました。 九州の人は、宴会のとき刺身醤油をよこせ、とひと騒動起こしていました。 五島列島から来た人は、飲みに行くたびに潰れるまで飲んでいました。 北海道の人は平等を何よりも重んじる風でした。そして意外に寒がりなのです。気持ち悪いくらい暖房を効かせていましたね。 北関東の人は、男気溢れる人が多かったですね。 そうかと思えば、水戸出身なのに納豆を親の敵のように嫌っている人もいました。 京都の女性は面倒くさかったし、東東京出身者は短気でしたね。 沖縄の人は絶対に日本酒に口を付けようとせず、終始焼酎を飲んでいました。 狭い日本ですが、幕藩体制が長かったせいか、土地による気風の違いというのは明らかにあるように感じましたね。 そこで私は、おのれの出自ということを考えずにはいられ...
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見る

人は変わったものや珍しいものを見ることが大好きですね。 景勝地から神社仏閣、博物館に動物園。 これらは物見遊山と総称されます。 興味深い本を読みました。 「美術館・動物園・精神科施設」です。 美術館・博物館はともかく、なぜ精神科施設が?と疑問に思われることでしょう。 ヨーロッパ各地では、19世紀に至るまで、精神科施設を動物園のように見学させていた、というのです。 見学者は、鎖につながれた精神病者や、檻に入れられた患者を自由に見てまわり、話しかけたりからかったりする自由があったというのですから、驚きです。 古くは、動物園に畸形や小人などがつながれて、他の動物と同じように見世物になっていたとか。 しかし、物見遊山で精神科施設を訪れている間は、少なくとも患者を死に至らしめるような虐待は発生しにくいでしょう。ある意味、安全であったかもしれません。 今、精神病院には閉鎖病棟があって、自殺や自傷の恐れがある場合には拘束衣を着せて、身体の自由を奪っています。 精神病の自助グループで出会った友人には、数名、閉鎖病棟に入院した経験のある者がいます。口をそろえて、もう二度と、絶対に入りたくない、と言います...
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