社会・政治

スポンサーリンク
社会・政治

謎の失踪

北海道の置き去り小学生、5日経ってもみつかりません。 しかも15キロ四方を捜索しているというのに。 妙です。 昔なら、神隠しということになるのでしょう。 しかし現代では、例え遺体になっていても、徹底的探すのが常。 大体7歳児の足でそんなに遠くに行けるわけもなく、また、5日も飲まず食わずだったら死んでしまいます。 この謎の答えは、誰かに連れ去られたか、殺されたと考えるのが自然でしょう。 しかしそんな田舎で誰が? 児童を連れ去りたい、もしくは殺したい、と願う変質者だとしたら、多くの児童がいる場所を物色するでしょう。 まったくもって奇妙です。  しかし世の中には謎の失踪事件というのが時折発生します。  ハーメルンの笛吹男しかり、船舶や飛行機が謎の失踪を遂げるとされるバミューダ・トライアングルしかり。 バミューダ・トライアングルにいたっては、ブラックホールが存在するだの、宇宙人が拉致するだのといった奇想天外な説が唱えられるほど、多くの失踪事件が起きています。  超常現象でないとするなら、両親を疑うほかないような気がします。
社会・政治

広島訪問

オバマ大統領が広島を訪問とか。 長い間米国では、原爆投下は本土決戦を避ける動機になり、結果として多くの米国人・日本人の命を救った、として正当化されてきました。 そういう面が無いとは言いませんが、無差別大量殺戮であることは間違いなく、無理目な理屈だと思います。 今回、オバマ大統領は戦争被害者すべての慰霊のために広島という象徴的な町を訪れるのであって、原爆投下を謝罪するものではない、とのことです。 そりゃそうでしょうねぇ。 謝罪などしたら、米国世論が黙っていないでしょう。 しかし、71年間誰一人として広島もしくは長崎を訪れた米国大統領はいないわけですから、訪問するだけでも大きな一歩と言えるでしょう。 思えば8年前、かの大統領は核なき世界を目指すと演説してノーベル平和賞を受賞しました。 その流れにそうものなのでしょう。 じつは私は被爆2世。 母が幼い頃長崎で被爆しています。 母は75歳になる今も健在ですから、被爆による健康被害はほとんどなかったのでしょうね。 幸いなことです。 変なことを言うようですが、原爆で亡くなった方は碑に名前を刻され、手厚い供養を受けてきており、戦争被害者のなかのエリー...
社会・政治

憲法

今日は憲法記念日ですね。 護憲派も改憲派も集って気勢を挙げていることでしょう。 私は憲法論議に関しては、すっかり白けています。 事実上、憲法は解釈の変更によって、成立当初とはかけ離れたものになっています。 軍事力は持たないと言いながら、軍隊以外の何者でもない自衛隊を保持していますし、政府は核武装すら、必要最小限であれば憲法違反ではない、という立場です。 それならいっそ、憲法を変えたほうがすっきりするだろうとは思いますが、面倒な手続きを経なくても解釈の変更でいくらでも変えられるなら、憲法を改正しようという意欲も失せることでしょう。 立憲主義および法治という観点から言って、国の最高法規を、解釈だけでいかようにも出来るというのは、はなはだ危険だと思います。 解釈を変えるなら、条文そのものを変えるべきでしょうに。 この事態、明治維新まで形の上だけは存在したという養老律令に似ています。 要するに形骸化しているのですね。 憲法に関しては、いつも9条ばかりが問題視されます。 9条が国際情勢に対応不可になってしまったことは火を見るより明らかだと思いますが、昔懐かしい冷戦期の左右対立の影響からか、今でも...
社会・政治

3.11

さすがに今日は朝のニュースでも東日本大震災から5年のニュースばかりでしたね。 ちょっと終戦記念日のニュースを思い出しました。 まだ5年しか経っていませんから、被災者の方々の記憶も鮮明でしょう。  私は当日、地震の直後に全員帰宅の命令が出て、いつもは40分で帰れるところ、車がびっちり渋滞して、6時間かかったことと、コンビニやスーパーから物が無くなったことくらいで、大した被害は受けていません。 むしろ電車通勤の方は、電車が完全にストップし、車通勤で方向が同じ者に送ってもらったり、職場に泊まったりして、難儀していましたね。 私も4人の電車通勤の人を送りました。 で、帰宅してテレビで家や車が流される衝撃の映像を見てびっくりしたというわけです。 千葉県でも、北東部では死者が出る被害が、沿岸部では液状化が起こりましたが、私が住む北西部は電車が止まったことと流通が悪化した程度で大した被害はありませんでした。 テレビで見た被災地の映像は衝撃的でしたが、それ以上に福島の原発事故は驚愕の状況を呈していました。 あの時、菅直人が総理大臣を務めていたのは被災地のみならずわが国全体にとって大変不幸なことでした。...
社会・政治

切ない

愛知県で91歳の認知症のおじいちゃんが電車ではねられた事故で、鉄道会社がおじいちゃんの妻と息子に7百万円超の損害賠償を求めていたところ、このたび最高裁は遺族の責任を認めず、損害賠償をまぬかれました。 いやな話ですねぇ。 91歳のおじいちゃんが電車にはねられたのも嫌な話なら、鉄道会社が巨額の損害賠償を求めたのも嫌な話。 何年にもわたって裁判が行われたのも嫌な話。 自分が91歳のおじいちゃんだったなら、あるいはその遺族だったならと想像すると、ぞっとします。 もちろん、鉄道会社が悪いわけもなく、要するに誰も悪くない、ということ。 しかし鉄道会社が損害を被ったのも事実で、三つの切ない事情があります。 認知症で一人ふらふらして電車にはねられたおじいちゃんの切なさ。 大切な肉親を失いながら損害賠償を求められる切なさ。 何の落ち度も無いのに損害をかぶる鉄道会社の切なさ。 認知症患者は座敷牢にでも入れなければならないのでしょうか。 どういう結果になっても後味は悪いと思います。 今回、鉄道会社は何をもって鬱憤を晴らせば良いのでしょうねぇ。
スポンサーリンク