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精神障害

散漫

昨日は疲れていたせいか、15時過ぎまで眠ってしまいまいました。 こんなに眠れることはありません。 起きて、時計を二度見してしまいました。 それでもなお眠かったのですが、夕方、月に一度の精神科診察日だったので、やむなく起き上がりました。 なんだか土曜日を失ってしまったような、損した気分です。 理由は分かっています。 来週の一週間、猛烈に忙しいからです。 私はうつっぽくなると、過眠になります。 不眠になる人が多いと聞きますが、過眠になる人も一定数いるそうです。 精神科に出かけて、来週への予期不安というか予期恐怖というか、そういうものに襲われていると相談しました。 精神科医、パソコンを検索して、ちょうど一年前のデータを見、去年も同じような不安を抱えながら切り抜けたじゃないですか、予想するのは仕方ないですが、予想しすぎないことです、と慰めてくれましたが、不安や恐怖がそれで去るわけではありません。 帰って、いつもより一杯多く、焼酎のお湯割りをやってしまいました。 で、今日。 土曜日よりも憂鬱になるはずの日曜日、不思議なほど落ちていません。 抗不安薬を処方の倍飲んだせいでしょうか。 いつもよりは朝...
精神障害

精神科病院×新型コロナ

昨夜、NHKで、「ドキュメント 精神科病院×新型コロナ」という番組を観ました。 当たり前ですが、精神病院に入院している患者も、コロナに罹患します。 精神病の治療を受けつつ、コロナの治療も行わなければならない、現場は悲惨なことになっていました。 わが国の精神病治療には決定的な問題があります。 一度入院すると、30年も40年も退院できない、という。 しかしこれ、医療の問題ではありません。 一般社会における精神病差別の問題です。 家族は精神病患者を看病する気はさらさらなく、むしろ家族の恥として、精神病院に隔離しておくことを望んだりします。 社会資源も、例え治っていても、受け皿を作ろうとしません。 退院しても行き場の無い患者は、結局、入院し続けるしかありません。 幸いにして、私は精神病患者ですが、入院にまで至ったことはありません。 しかし自助グループには何人も入院経験者がいて、拘束されたことがある人もいました。 口をそろえて、入院だけはしたくない、と言っていました。 もともと劣悪な環境に、コロナが襲い掛かりました。 ある精神病院では、コロナ患者たちを一つの和室に閉じ込めて鍵をかけ、感染の拡大を...
文学

天魔と食う雑煮

正月に雑煮を食わなくなってどれくらい経つでしょう。 おそらく10年どころではありません。 同居人は雑煮が嫌いで、元旦の朝はもっぱら私が作っていました。 きちんと昆布と鰹から出汁を取り、鶏肉などを入れて醤油で味付けした、本格の雑煮です。 私はその出来に満足し、雑煮を旨く感じていました。 しかし同居人は、申し訳程度に餅を一つだけ食い、汁を啜ると早々に食事を終えるのでした。 これでは面白かろうはずもありません。 じつは私も、餅はそんなに好まないので、正月の雑煮を止めてしまいました。 毎年餅を喉に詰まらせて死ぬ愚か者がいます。 命がけで食うような代物ではあるまいと、自分に言い訳をして。 で、元旦から普通に白飯を食うようになりました。 そうなってみると、なぜあれほど力を入れて雑煮を作っていたのかと、自分が滑稽に感じられるようになりました。 雑煮食う 天魔のごとき 男らと 猫鮫先生(小説家、小林恭二の雅号)の俳句です。猿蓑倶楽部―激闘!ひとり句会小林 恭二朝日新聞社 様々な解釈が可能で、うら若い乙女が荒くれ男どもと雑煮を食う様子、と解く者もいれば、帰省した倅たちが雑煮をがっついて食っている、と解い...
精神障害

迷妄の森

今日は休暇を取りました。 役所に障害者自立支援の手帳更新に行くためです。 この手帳が交付されると、精神科の診察代と薬の処方費が1割負担になるのです。 通常、3割負担ですから、長く通うと馬鹿になりません。  私はうつが酷かった頃、希死念慮に悩まされていました。 平たく言えば、死にたくて仕方ないのです。 うつ病は自殺率が極めて高い病気ですから、私もまた、死と生の堺を、塀の上を歩くようにして彷徨っていたわけです。 この塀の、生の側に落ちたから、今こうしてブログを更新できているのです。 死の側に落ちれば私は安楽にあの世でまどろんでいたでしょう。 生の側に落ちるのと、死の側に足を踏み外すことと、どちらが楽なんでしょうね。 生きている私は、いっそ死の側に落ちれば良かったのに、と思うことがあります。 生きるということはしんどいですから。  「男はつらいよ」で、満男に、「人間何のために生きているんだろう」と問われた寅さんが、「あぁ、生きてて良かったと思うことがたまにあるだろう、そのために生きているんじゃないのか」と応える場面があり、鮮明に覚えています。  生きてて良かったと思うことは、今の私にはありま...
文学

新成人の皆様へ

今日は成人の日なのですね。 コロナのために式典を中止する自治体もあったとか。 新成人の皆様にはお気の毒です。 由来は、かつて元服の儀を行う日だったからだそうです。 もっとも、昔の元服は数えで15歳と言いますから、今でいえば中学生。 ほんの子供だったのですね。 数年前まで、大人になったことを祝うはずの式典で、自ら子供であると主張するような、蛮行が流行っていました。 首長の挨拶を妨害したり、大酒をくらって安い着物姿で町を練り歩いたり。 それは新成人のほんの一部でしょうが、目立つので、みんながみんなそうであるような錯覚を覚えました。 特に沖縄は酷くて、中学時代の仲間が同じ着物を着て、別の着物を着た=べつの中学の同級生といざこざを起こしたり。 しかしもう子供だとは認められないお馬鹿さんたちは逮捕されて実名で報道されたりして、やっと成人たるの自覚を持ったことでしょう。 あれは高知県だったでしょうか。 逮捕された倅たちを、未熟な者が行ったことゆえ、許してほしい、と親が何組も市庁舎に嘆願に行き、当然ながら拒否される、というニュースを見て、溜飲が下がったことを思い出します。 それが大人になるということ...
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