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その他

引退

今日、どうしてもそごう千葉店に店を構える椿屋茶房のビーフカレーが食いたくなり、独り、千葉に向かいました。 車で15分ほど。 もともとカレーはあまり好まなかったのですが、なぜか、ここのビーフがごろごろ入ったやつが気に入って、時折、食べに行きます。 今日は同居人は休日出勤のため、気軽にお昼を食べに向かいました。 サラダとスープとビーフカレー、それに食後の珈琲までいただいて、大いに満足です。 食後、本屋に立ち寄りました。 そこで、思いがけない人とばったり会いました。 3月いっぱいで早期退職した58歳の先輩です。 腹がいっぱいで、お茶も入らないという状況であれば、本屋の前のベンチに座る程度しかできませんでしたが、しばし話し込みました。 先輩、まだ職場のことが心配な様子で、さかんに今の状況を聞きたがります。 正直に話すと、先輩、暗澹たる気持ちになったようで、暗い表情を浮かべます。 先輩の席に後任者は来ず、暫時空席。 いつ後釜が来るのか分かりません。 おかげで部下たちはメンタルをやられるやつが続出。 あらためて、先輩の偉大さが分かります。 それにしても、退職後わずか一か月で、すっかりおじいちゃんぽ...
社会・政治

禁酒令

今日は昭和の日の日で仕事はお休み。 お休みの日によく昼飯を食いに行くイタリア料理店を訪れました。 もちもちのパスタが売りの、小さな店です。 ここに来ると、ちょっとした肉料理とサラダで食前の生ビールを楽しみ、しかる後、パスタを食すのが恒例です。 しかし、今日は違いました。 いつものように生ビールを頼んだら、馴染みのお姉さんが、昨日から酒類を出すことが禁じられた、というのです。 お姉さん、申し訳なさそうな表情を浮かべています。 やむを得ず、水を飲みながらいつものように肉料理とサラダ、それにジェノベーゼを頼みました。 っそれぞれ美味なのおですが、生ビールがないと、なんだか物足りません。 コロナ禍では致し方ないのかもしれませんが、ささやかな贅沢さえも許されない時代なのですね。 禁酒法という愚かな法律を発したかつての米国のようです。 違うのは、家で呑む分にはお咎めなしということ。 それにしても禁酒令などが発せられたら、世間にあまたある居酒屋やバー、鮨屋は上がったりでしょうね。 上がったりどころか、店を畳まなければならないという事態も続出するでしょう。 行きつけの鮨屋や居酒屋、バーが軒並みなくなっ...
文学

時間を超越すること、あるいは恋愛譚

私が住むマンションの真ん前に、蕎麦屋とイタリア料理店があります。 休日の昼は、どちらかで食べています。 で、近頃気づいたことですが、コロナが流行して以来、イタリア料理店は明らかに客が減り、今や閑古鳥となり、その営業は風前の灯火と思われるのにたいして、蕎麦屋は今も以前と変わらず、繁盛しています。 これは不思議な現象です。 どちらも安価で美味なのですから。 世の中、不思議な現象に満ちています。 初めて会うのに、昔から、いや前世からの知り合いのごとく、初めて会った気がせず、最初から親近感を覚える、あの現象も、考えてみれば不思議な話です。 これは、大抵の場合、男女の浪漫的な恋愛譚に現れるものです。 女は待ち続けていた男に出会ったと喜び、男は探し求めていた女に出会った、と言うような。 恋愛というのは脳が一部馬鹿になった状態でしょうから、恋愛感情によって破壊された脳が、初めての相手なのに既視感を覚えさせ、それを運命的出会いと呼び、二人は恋に落ちていくというわけです。 しかし多くの場合、その感情は長続きせず、別れてしまうか、別れるのも面倒くさいから惰性で一緒にいるか、どちらかにならざるを得ません。 ...
社会・政治

疲れと慣れ

東京等の都市部に、またもや緊急事態宣言が発出されました。 最初の時は職場も大騒ぎで、仕事は全部自宅で、リモートワークでやれというお達しが出て、原則出勤を禁じられました。 しかし2回目の時も今回も、またか、という程度の認識で、出勤禁止というお触れもでていません。 普通に出勤して普通に働いて良い、ということのようです。 コロナ疲れというべきか、あるいはコロナ慣れというべきか。 ワクチンが出たということですが、コロナ終息にどれだけの効果を発揮するのやら。 私は懐疑的に見ています。 飲食店や観光業などは商売あがったりでしょうけれど、一方、アクリル板の会社などは大儲けしているんではないでしょうか。 実態は知りませんが。 私が生きるお役所の世界は、コロナにより左前になるということはまずありません。 そこらへんのぬるさが、よろしくないことでしょうね。もっとも、コロナ対策を行う省庁に出向でもしていたら、これは大変なことになったでしょう。 今の私にできることは、マスク着用を守り、手指の消毒をし、あとはひたすら眺める人になるだけです。 この世界がどう変わるのか、変わらないのか、それを観察したいと思います。...
文学

かくれ家

今日、千葉市はひどい南風が吹き荒れて、お昼に近所の蕎麦屋に行っただけで、終始、家に籠っていました。 大雨だとか、雪だとかで籠り居するのは、どこか気持ちが良いものです。埋火や 我がかくれ家も 雪の中という与謝蕪村の浪漫的な俳句を思い出させるような、心地よさを感じます。蕪村句集 現代語訳付き     (角川ソフィア文庫)与謝 蕪村角川学芸出版 しかし、ピーカンに晴れているのに、家に籠らなければならないというのは、なんとも無粋な感じがします。 晴耕雨読とか申しますが、こう風が強くては、畑を耕すこともままならないでしょう。 私はただ、煌めくお日様を眺めては、南風を呪うばかりです。
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