文学 人外境通信
中井英夫といえば、大長編ミステリー「虚無への供物」が有名ですが、私はむしろ短編にこそ、この作者の面目が現れていると思います。 そこで、「人外境通信」を昨夜読みました。 独立した短編が編められ、最後には最初の作品と同じモチーフに戻っていく、という心憎い手だれによる至芸です。 そのモチーフは、薔薇。 まず、「薔薇の戒め」というタイトルで、薔薇にまつわる不思議な物語が展開します。 その後の短編でも三角関係の悲劇を椅子の視点で描く「笑う椅子」、金色の瞳を持つ青い猫に魅せられた女性の奇妙な経験を描いた「青猫の惑わし」など、まさにこの世ならぬ人外境の出来事を描いて読者を幻惑します。 最後は「薔人(ばらと)」。 薔薇というモチーフがどの作品にも流れています。 人工的に彩られた、どこかに存在する影の王国、人外境。 そこに彷徨い込んだ時、人はそこが人外境とは気付かぬまま、奇妙な経験をするのです。 しかし私たちの日々の生活を思う時、奇妙な事件やくだらぬいさかいが頻発し、理想的な人間社会が存在すると仮定してみると、こここそが人外境なのではないか、という疑念に捉われます。 「人外境通信」は「とらんぷ譚」の三作...