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映画

ガタカ

昨夜はDVD鑑賞をしました。 「ガタカ」です。  遺伝子操作によって優秀な遺伝子を持って生まれた者が適正者とされ、優遇される近未来。 遺伝子操作を経ずに生まれた者は神の子とも不適正者とも呼ばれ、差別されます。 知力・体力ともに適正者は不適正者を圧倒し、不適正者は単純労働などの賃金の安い仕事にしか就けません。 不適正者として生まれた主人公は、幼い頃から宇宙への夢をふくらませていました。 憧れは、宇宙開発を一手に担うガタカに入社し、宇宙飛行へ飛び立つこと。 しかし遺伝子検査で面接にも進めず、ガタカの清掃員になります。 夢を諦めきれない主人公は、適正者でありながら事故で下半身不随となった元オリンピックメダリストの血液や尿を提供してもらう契約を闇で結びます。 報酬はガタカに入社した後に得られる収入の25%。 適正者の遺伝子サンプルを提出してガタカ社に入社した主人公は、涙ぐましい努力と、提供されつづける遺伝子情報を駆使して、ついに宇宙飛行士に選抜されます。  しかし、ガタカ社で殺人事件が起こります。 警察は全社員の厳密な遺伝子検査を要求してきます。 エリート刑事は主人公の弟で適正者。 不適正者の...
思想・学問

二卿事件

「龍馬伝」やら「坂の上の雲」やら、最近幕末から明治にかけてのドラマがよく放送されます。 やることなすことうまく行ったあの時代を懐かしんでいるかのようです。 しかし一歩間違えれば列強の食い物にされ、植民地としてばらばらに統治されていたかもしれません。 細い綱を渡るように、慎重に前に進んだことでしょう。 私が子どもの頃から不思議に思っていたことがあります。 京都に東を付けると東京都。 本家が京都なのは論を待たないところです。 しかも平城遷都や平安遷都と異なり、江戸に都を移し、東京と名称変更する、という宣旨なり法律なりがないのですよね。  明治元年に明治大帝が東京に行幸され、一度京に還幸された後、翌明治2年にふたたび東京に行幸、それ以来、京へ行くのは還幸ではなく、行幸と呼ぶようになりました。 京都御所はうっちゃって、江戸城跡を皇居にして、各種省庁、国会、軍司令部などを東京に固めて、いつの間にやら東京が首都になっちゃった、という状況が、今日にいたるも続いています。 しかも和歌を詠んだり蹴鞠をしたり、寺を作ったり、といった日本文化の中心であった天皇が、東京移住とともに大元帥陛下におなりあそばし、...
文学

文学=幻想文学?

1999年、ノストラダムスによれば空から恐怖の大王が降りてくるはずでしたが、何事もなく過ぎ、代わりに平野啓一郎という若い作家が鳴り物入りで芥川賞を受賞しました。 「日蝕」という中世フランスの神学僧が体験する神秘的な出来事を格調高い擬古文で描いて見事でした。 それまで若い作家のデヴュー作というと、若者風俗小説みたいなものが多かったので、とんでもない天才が表れた、と騒がれたものです。 三島由紀夫の再来とか言われていましたね。 その後も明治末、山中で毒蛇にかまれた美青年が夢とも現ともつかない体験をする幻想譚「一月物語」など、佳作を連発しています。 この人の小説を読んでいて、私はかねてから思っていたことが確信に近づきました。つまり、幻想文学と文学はほぼ同義ではないか、ということです。 古来、物語は神話から始まって、鬼や化け物や妖怪が跳梁跋扈する世界でした。 貧乏くさい私小説でさえ、心の中の妄想を書きすすめれば、現実にはあり得ない幻想世界が現出します。 わが国の古典文学は説話にしろ和歌にしろ能にしろ、みなこの世ならぬものへの憧れなくして生まれえないものです。 そこで、平野啓一郎の言葉。 芸術作品...
その他

地デジ

遅ればせながら、今日やっと地デジ対応のテレビを購入しました。 12月のボーナスがでたら買おうと思っていて、今日まで引っ張りました。 三菱の32型、ブルーレイ内蔵、ハードディスク内蔵です。 テレビはあまり見ませんが、DVDやらブルーレイやらを借りて、ホラーやサスペンス、SFなどをがんがん観ようと思います。
社会・政治

ブラック・ジョーク

鳩山前総理、国会議員を辞めるのを止めたようですね。 今さらこの人の発言がくるくる変わることには驚きませんが、自分が国会議員として外交面で活動するのが国益だ、という趣旨の発言には驚きました。 普天間問題で迷走を続け、日米関係を破綻に追い込んだ張本人が、外交で活動するのが国益だなんて、下手なブラック・ジョークとしか思えません。 友愛を連呼した前総理。 友愛とは自己愛のことであったかと気づきました。 彼が発言する友愛を自己愛と読み替えれば、すべては納得がいきます。 歴代総理のなかで最低の総理は、自己愛に満ちた人だったのですね。 前総理が国会議員を続けることが国益なんてことはありえません。 国損というべきでしょう。 早く引退して反省文、じゃなかった、回顧録でも書いて短い総理時代の思い出に浸りなさい。 ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
精神障害

診察納め

今日は今年最後の診察でした。 主治医から、「リワークに三ヶ月通い、復職、時短勤務一ヶ月を乗り切ってフルタイムで7ヶ月、本当によくがんばりました。復職してもすぐ通えなくなる人が多いなか、立派なことです」 と、褒められて、泣けてくるほどうれしく思いました。  私の主治医は人情の機微がよくわかっているな、と思います。 人を貶してそれを叱咤激励の意図だなどと寝言をぬかす私の職場のトップに聞かせてやりたいものです。 豚もおだてりゃ木に登る。 部下はおだてて良い気持ちにさせて使えば、自在に操れるものを。 もったいない話です。  今後の課題は減量です。 精神病薬の副作用か、中年太りか、あるいはその両方か、就職したときより20キロ増えてしまいました。19年で20キロ。 もう19年前とは別人です。 お腹って、邪魔なんですね。 太って初めて知りました。 靴下をはくときや、足の爪を切るとき、邪魔なんです。 新鮮な驚きでしたが、驚いてばかりじゃいけません。 原状復帰を目指します。↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
その他

年賀状

朝から年賀状に取り組んでいます。 といっても、文面は毎年同じで、筆王で干支を変えるだけ。 宛名も毎年の住所データから引っ越した人の住所を修正し、喪中の人のを印刷しない設定に変えるだけ。 じつに簡単なものです。 明治の昔、夏目漱石は年賀状書きに苦しんで、何度も止めようとしたけれど、角が立つので結局止められなかったとか。 今でも毎年虚礼廃止の声が上がります。 それでもなくならないのはあながち虚礼でもないんでしょう。 ほとんど会うこともなくなった古い友人等の無事を知り、こちらの無事を知らせる貴重な機会です。 面倒といえば面倒ですが、そもそも生きるということは面倒なことですから、日々、面倒を解決していかなければなりますまい。
思想・学問

ポアンカレ予想とドグラ・マグラ

単連結な3次元閉多様体は3次元球面S3に同相である。 有名なポアンカレ予想です。 1904年にアンリ・ポアンカレが予想して以来、多くの数学者がこれを証明しようと躍起になってきました。 なかにはのめり込みすぎて精神に変調をきたした数学者もいるとか。 怖ろしいことですね。 この謎を解いたのが、ロシアの数学者グリゴリ・ペレリマン(41)。 その功績により、数学界最高の栄誉とされるフィールズ賞の受賞が決まりましたが、彼は受賞を拒否し、数学の表舞台から消え去ってしまいました。 彼は何を見てしまったんでしょうね。 人間の能力を超える業績をのこした時、そこからこの世で見てはいけないものが見えてしまい、隠居したり、自殺したり、精神病に成る人がいますね。 彼もその類だったのでしょうか。 解こうとすると気が狂うのがポアンカレ予想なら、読めば気が狂うと言われたのが夢野久作の「ドグラ・マグラ」ですね 謎が謎を呼び、ぐるっと回って元に戻る、不思議な構成で、私は楽しみました。 私は根っからの文系人間で、数学などは大嫌いですが、数式で会話する数学者同士を見ると、格好いいなあ、と憧れます。 国文学の世界で、著名な数学...
思想・学問

全体

詩人、江南文三は戦時中、「法華経」をわかりやすい現代語に訳した「日本語の法華経」という書物を発表しています。 噛んで含めるようなわかりやすい訳で、これなら誰でも「法華経」を簡単に勉強できるのではないでしょうか。 さて、その前文に、第二次世界大戦(江南文三は大東亜戦争と記しています)の意義について書かれた一文があります。 それは今次大戦が全体主義国家と個人主義国家との戦争である、と。 全体主義は社会全体のことを考え、個人が犠牲になるのもいとわない生き方で、個人主義は自分さえよければよく、社会全体のことなどどうでもよい、という生き方なので、全体主義のほうが上等であり、必ず全体主義側が勝利しなければならない、と説いています。 これを読んだとき、びっくりしましたね。 私が歴史を学んだのは、米ソ冷戦時代。 全体主義を称揚するような言説に触れたことはありませんでした。 しかしおそらく、全体主義がよい、というのは多くの国民に支持されていたのでしょう。 だからこそ政治家でも政治学者でもない詩人が、宗教書の前文に全体主義の勝利を望む一文を寄せたのでしょう。 そう考えてみると、現在ある制度の中では比較的マ...
映画

ネメシス・ゲーム

DVDで「ネメシス・ゲーム」を観ました。 とある廃墟でゲームの答えを壁に書いていくよいう奇妙なゲーム。 出題者が誰なのかはわかりません。 ある一定の量のクイズに正答すると、この世の定めがわかる、という都市伝説を題材にしています。 サスペンスとしては、難解です。 クイズを禅の公案のようなものととらえているようです。 善悪なんてない、定めだけがある、というクイズをなしとげたらしい白人青年の言葉は、私たち日本人にとっては馴染み深い考えで、なんとも思いませんが、善悪二元論が頭にこびりついたキリスト教文化圏の人には新鮮に響くんでしょうかねぇ。 それにしても定めを悟ると殺人衝動を持つというのはなんだかわかりません。 善悪がないから殺人も悪ではない、ということでしょうか。 哲学的な文芸映画をサスペンスの手法で撮ろうとして、うまくいきませんでした、みたいな映画です。 なんだか消化不良ですねぇ。ネメシス・ゲーム ジェシー・ワーンアルバトロス↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
思想・学問

デザイナー・ベビー

最近出生前診断とやらで、胎児のうちに遺伝的な病気や障害の有無がかなりの程度まで判定できるようになり、そのために異常がみつかった子を堕胎する例が増えているやに聞きました。 さらには着床前診断というのがあって、受精卵のうちから遺伝子情報により、将来の遺伝病などのリスクが分かるとか。 その場合妊娠しないという選択肢があり得ます。 障害児を育てる可能性が高いと分かった時、親が堕胎の判断を下してしまうのも理解できますが、なんとも嫌な感じです。  ナチス・ドイツが行った優生学思想に基づく精神障害者や同性愛者の大量虐殺を思い出します。 2000年、ノーベル物理学賞受賞者の江崎玲於奈博士は、教育改革国民会議で、いずれは就学時に遺伝子検査を行い、それぞれの子供の遺伝情報に見合った教育をする形になって行くだろう、と言って物議を醸しました。 これは要するに遺伝的要素だけでエリートを選別し、特別な教育を受けさせようということで、ナチの優生学思想と根本で通じるものです。 古くはプラトンも「国家」で、優秀な男女を結婚させて優秀な子どもたちを支配階級として教育し、その他大勢は支配されるがままになる羊たちの幸福を与え...
思想・学問

私は八年ほど前に緑内障と診断され、毎日眼圧をさげる目薬を打っています。 幸い治療のおかげで半年に一度の視野検査結果をみても、八年前から症状は進行していません。 元々はひどい疲れ目で眼科を受診したのですが、そのとき思いもかけず緑内障が発見されました。 あのとき眼科に行って良かったと思っています。 一方疲れ目は相変わらずです。 パソコン仕事が多いのと、人よりまばたきの回数が少ないため、目が乾きやすいためで、気休めに涙の成分でできた目薬を処方されただけで、改善にはいたっていません。 目というと、目は口ほどに物を言い、とか、目が点になる、とか、目をむく、とか、白眼視とか、色々な慣用表現がありますね。 一方精神病の世界では人の視線が気になる視線恐怖とか、自分の視線が気になる正視恐怖とかがあって、目が人に与える印象は強烈です。 例えば他人をにらみつければ何も言わなくても敵意が伝わり、目が笑っていれば心を許すでしょう。 オッドアイと呼ばれる左右で色が違う目を持った人がいるそうですね。 有名人では奥菜恵がそうらしいです。 だから「呪怨」や「シャッター」などのホラー映画で使われるんでしょうかね。 オッド...
映画

ハイド・アンド・シーク

昨夜、DVDでロバート・デ・ニーロ主演のサイコ・ホラー「ハイド・アンド・シーク」を観ました。 ロバート・デ・ニーロ演じる精神分析医の妻が、夫と幼い女の子を残してバスルームで手首を切り、自殺してしまいます。 心に深い痛手を負った父娘は思い出が多すぎるニューヨークから、郊外の別荘地へと引っ越し、出直しを試みます。 しかしシーズンオフの別荘地はあまりにも閑散としています。 9歳の女の子は森で、チャーリーという友達ができます。 しかしチャーリーは、画面に登場しません。 女の子がチャーリ-と仲良しになった、と父に言うだけです。 チャーリーと友達になった途端、奇妙な事件が頻発します。 猫が殺されたり、バスルームに父を責める落書きが書かれていたり。 精神分析医の父は、チャーリーは女の子の病んだ精神が作り出した想像上の人物だと分析し、数々の不気味な出来事はチャーリーの仕業と信じる娘自らが起こしたものであると考え、娘を治療しようと試みます。 はたしてチャーリーとは何者か。 父娘を想像を超えた悲劇が襲います。 女の子を演じた子役が、無表情で不気味です。 怪演と言ってよいでしょう。 デ・ニーロはやや大げさな...
思想・学問

死者に鞭打つ

その昔、尾張藩主、徳川宗春は将軍家の怒りを買い、隠居謹慎、死後は墓石に縄が打たれるという恥辱を味わったとか。 死者に鞭打つとはこのことですね。 しかし、なんで死者に鞭を打つんでしょうね? 死人の墓石に縄を打ったところで、ご当人は死んでいるので痛くもかゆくもないでしょう。 あるいは遺族を苦しめて意趣返ししようというのでしょうか。 他に、石川淳が永井荷風の死後、「敗荷落日」で荷風山人を激しく責めていたことを思い出します。 一般には、例え犯罪者でも、死後、その人を侮辱するような言説は控えるのがマナーとされているように思います。  死者に鞭打つことが一種の禁忌になっているのは、恐らくは死後存在への怖れだけでなく、死者は生物学的には生きていなくても、物語としては生き続けているからではないでしょうか。 例えば親が亡くなったとして、子は何かの折に親を思い出し、こんな場合はきっとこんなことを言っただろう、と想像します。 すると親を憶ええている者が存在するかぎり、親の物語としての生は終わりません。 秀吉や信長などは、まさに物語のなかで営々と生き続け、サラリーマンは徳川家康を好む者が多く、経営者は織田信長...
映画

女優霊

Jホラーの金字塔にして不滅の名作、「リング」の中田秀夫監督の出世作「女優霊」を観ました。 長らくDVD化が待たれていた幻の作品です。  とにかく、怖い。  ある映画を撮影していて、ラッシュ・フィルムに未現像の映像が映っていることに、新人監督が気付きます。 そこに写っている女優、監督はどこかで見たことがありますが、思い出せません。 未現像フィルムのことを気に掛けながら、撮影に没頭する監督とスタッフ。 しかし、未現像フィルムに写っていた女の幻影に悩まされるようになり、ついには撮影所で悲劇が起きます。 撮影所というのは、学校や総合病院と並んで、怪談の舞台によく使われますね。 この映画でも、ベテランの技師が変に怯えていたりして、雰囲気を盛り上げます。 何より映像に気品と緊張感があり、どこが怖いというのではなく、すべての画面から恐怖がにじみ出てきます。 日本人の大好きな長い黒髪の美人の霊がでてきますよぉ。 中田秀夫監督という人はホラーの天才ですね。 恐らく相当の怖がりとみました。 怖がりでなければ、怖い映画なんて作れません。 怖がりだからこそ、何が怖いかよく知っているのでしょう。 私は多くのホラ...
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