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映画

ホテルチェルシー

DVDで「ホテルチェルシー」を観ました。 新婚旅行でニューヨークにやってきた夫婦がホテルチェルシーに宿泊するのですが、妻が寝ている間に何者かに夫が殺されてしまいます。 妻は泣きながら刑事に証言します。 その証言の場面や、新婚旅行に旅立つ前の夫婦の様子がコマ切れに映し出されます。 警官かと思いきや偽物だったり、暴漢かと思いきや警官だったり、赤の他人かと思いきやかつての恋人だったり、複雑な人間模様が息をもつかせぬスピードで加速していきます。 だまされた、という意味では「アフタースクール」以来、見事にだまされました。 意外な結末というのは、この映画のためにある賛辞です。 疑り深い方、ぜひご覧ください。ホテルチェルシー 長澤奈央,鈴木砂羽,ヒロ・マスダエースデュースアフタースクール 大泉洋,佐々木蔵之介,堺雅人メディアファクトリー↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
美術

江戸絵画

広尾の山種美術館へ行ってきました。  この美術館は近現代の日本画を専門としていますが、江戸絵画も多く所蔵しているとのことで、今回は「江戸絵画への視線」と銘打った展覧会です。 江戸絵画といっても浮世絵はなく、狩野派や琳派、文人画などが所せましと並んでいました。 わけても酒井抱一の絵は上品なうえに私を引き込む力があり、気に入りました。 もし一点もらえるとしたら、「月梅図」でしょう。左から:酒井抱一「飛雪白鷺図」「菊小禽図」「秋草図」「月梅図」 暑いなかけっこうな人出で、江戸絵画の人気の高さがうかがえました。もっと知りたい酒井抱一―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)玉蟲 敏子東京美術酒井抱一 (新潮日本美術文庫)玉蟲 敏子新潮社↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
その他

晩酌

今日は土曜日。恒例の晩酌です。 先ほど、近所の魚屋でさんまの刺身と真鯛の刺身を買ってきました。 今夜はこれで一杯やります。  週末のお楽しみです。 世の中に色々な喜びがありますが、旨いものを食い、旨い酒を飲むことに勝るものはありますまい。 平日は質素な食事をしているので、土曜日くらいは豪華にいきたいものです。 ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
社会・政治

刑場

死刑が執行される場所が初めて報道陣に公開されました。 なんというか、生々しい印象を受けました。 世論調査によると、日本人の85.6%が死刑存続はやむを得ないと考えているようです。 ずいぶん高いですね。 遺族感情や、重大犯罪には命をもって償うべき、とか重大犯罪の防止になるとか、それはまったくそのとおりなのですが、どうしても死刑というのは受け入れられません。 殺すな、と言う国家が殺す、という矛盾。冤罪の可能性。 それに対しては、国家だけが合法的に死刑を行いうるため、被害感情や犯罪防止に役立てられる、と反論されます。 だからもう、私の感情論でしかないのですが、どうしても、死刑制度存続に賛成できません。 どんな重大犯罪者も、国家は殺してはいけないと思うのです。 社会的に抹殺できるよう、終身刑を設ければ十分です。  なかには池田小事件の犯人のように、控訴せず、一審で死刑がでたら、早く執行してくれ、と言って、実際に異例の早さで執行された例もあります。 犯人の願いをかなえてどうする、と感じました。 ヨーロッパ諸国のほとんどは死刑制度を廃止もしくは停止しています。 死という事態が何であるか不明なのです...
社会・政治

レンタルチャイルド

日本人は今年の夏は暑い暑いと騒ぎますが、世界には夏と真夏しかない国がたくさんありますね。 40度を下回るとピクニック日和と呼ぶ国があるとか。 日本では40度に届かなくても死人が続出しています。 老人の孤独死とか児童虐待とか、福祉は今だ整備されていないようです。 インドのある町に、レンタル・チャイルドと呼ばれる障害を持った子供たちがいるそうです。 多くはマフィアによって赤ん坊の頃に手や足を切断され、あるいは目を潰され、物乞いに貸すのです。 物乞いは、障害を持った子供を抱いて哀れを演出し、稼ぎをあげようとするのです。 貧困ビジネス極まれり、といったところでしょうか。 当然、子供が無事に成長することはめったにありません。 しかし無事成長すると、マフィアの一員になるしか生きる道がないのは容易に想像がつきます。 恐るべき負の連鎖。 子供が成長すると、路上の悪魔と称される存在に変貌するそうです。 インドは経済発展著しいとのことですが、貧しい者のその貧しさの度合いは、私たち日本人の想像を絶しています。 こういう事実を知れば、インドの不可触民を救いたいと思うのは人情ですが、実際にはどうしてよいやらわか...
思想・学問

神(かむ)ながら

ニュースは民主党代表選挙のことばかりですね。  代表選を戦うお二人が、心底国を憂えていることは確かなんでしょうが、なんとなくサル山のボス争いに見えてしまうことは民主党にとって不幸なことです。 国を憂えるといえば、そのものずばり、「憂国」という小説がありました。  三島由紀夫の作品です。  国のためにテロを決行した仲間である青年将校を討つよう命じられた軍人が、それを潔しとせず、妻との濃厚な濡れ場の後に切腹する話で、じつはほとんど国を憂える情は描かれていません。 むしろ下手な官能小説よりもエロ度は上でしょう。18禁にしたほうがよいかもしれません。 一方、「英霊の聲」という作品があります。 こちらは特攻で亡くなった飛行機乗りをはじめとして、2.26事件の青年将校など、三島由紀夫が英霊と考える荒魂を神主が依代となって招き、昭和陛下へのうらみつらみを並べたてる、という話です。  文学作品としてはほとんど破綻していますが、それこそ英霊が乗り移ったかのごとき三島由紀夫の筆の冴えは、気味が悪いほどです。  「などてすめろぎは人となり給いし、などてすめろぎは人となり給いし」、と英霊たちが怨嗟の声を上げな...
文学

自由に

定型からも季語からも解き放たれた自由律俳句。 自由に作っていいよ、と言われても、かえって戸惑うのが俳句詠みの常。 それでも自由律俳句ばかりを詠み続けた明治生まれの二人。 種田山頭火と尾崎方哉。 そして、昭和の終わりとともに25歳で逝った住宅顕信。 種田山頭火の句は明るく活発。 尾崎方哉の句はさびしく不気味。 住宅顕信は尾崎方哉に憧れて、憧れの人のゆえか若くして発病した難病のゆえか、幸薄く鋭利。 この旅 果てもない旅のつくつくぼうし  種田山頭火 蟻を殺す 殺すつぎから出てくる      尾崎方哉 とんぼ 薄い羽の夏を病んでいる     住宅顕信 私はあまり自由律俳句を好みませんが、上の三人は別格というか、多分従来の形式では表現し得ない世界を持ち、それを現すのに自由律俳句が最も適していたのでしょうね。 素人が手を出すと、限りなく滑稽に堕しますので、ご注意。 上の三句は、夏と虫という共通点で選びました。 それぞれの俳人の特徴がよく出ていると思います。  明治生まれの二人は高学歴ながら酒で身を持ち崩し、最後は知り合いの寺に厄介になりました。 住宅顕信は学歴はなく、酒もやらず、出家しました。 ...
社会・政治

小沢一郎議員出馬

小沢一郎議員が9月の民主党代表選挙に立候補するそうですね。 世論調査によると国民の多数は小沢総理誕生を支持していないようですが、年も年だし、これがラストチャンスだと思ったんでしょうか。 これまでの政治行動を見ていると、誰かを担いで裏で操るイメージが強かったですが、いよいよ表に出るんですね。 代表選に立候補することは何の問題もありませんが、何をやりたいかがよくわかりません。 マニフェスト回帰を訴えているようにも見えますが、菅総理とてマニフェストを全面的に見直すと言ったわけではなく、現実に合わせて修正しただけのこと。 脱小沢が気に入らんというのなら、単なる権力闘争に過ぎません。 民主党政権誕生から、鳩山前総理の迷走、金にまつわるダーティーな噂、参議院選挙での敗北と、ろくなことはありません。 挙句の果てにはまだ何もしていない、就任してわずかの現総理を引きずり降ろそうというのでは、ほとほと嫌気がさします。 野党時代に攻撃していた自民党以下の体たらく。 諸外国はおろか自国民からもダメが出ていますよ。 ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
映画

ブラック・ダリア

昨夜、「ブラック・ダリア」を観ました。 1940年代後半のL.A.を舞台にした本格的サスペンスです。 ファイアーとアイスと呼ばれる元ボクサーの刑事コンビが、女優を夢見る少々おつむの弱い若い女性の無残な死の謎を追います。 遺体は口が耳まで裂け、内臓が抜かれていたのです。 捜査中、アイスの前に被害者とうり二つの富豪の娘が現れます。 アイスは富豪の娘にのめり込んでいきます。 アイスはかつて有名なボクサーだったことから、娘の家族に紹介されます。娘の母親はヤク中で、妹は卑猥な絵ばかり描く変わり者です。 富豪一家の闇、ファイアーの秘密、ファイアーがかつて逮捕した男の釈放、二重三重の謎が、複雑な人間相関図と絡み合って、もうわけが分からなくなります。 ストーリーとタイトルからは、もっと退嬰的な、雰囲気のある映画かと思ったのですが、どこか突き抜けた明るさがあるのはなぜでしょう 子どもの頃から感じていたのですが、シャーロック・ホームズとかアガサ・クリスティとか、本格的な謎解きの殺人劇というのは、謎を解くのが前面に押し出されて、恐怖や暗い美しさなどが際立たないように思います。 同じ殺人劇でも、本格的サスペン...
映画

ナイン

今日はわけあって有給休暇。 面倒な用事は後にして、まずはDVD鑑賞です。 作品は「ナイン」。 9人の男女が無作為に選ばれて拉致、ある豪邸に閉じ込められます。 9人のうち、一人だけが豪邸から出ることができ、しかも500万ドルの現金を得ることができます。 ゲームは簡単。生き残ればいいのです。 最初は紳士的に打開策を練っていた9人。 しかし、リーダーシップを発揮していた警官がいざこざから命を落とすと、疑心暗鬼の地獄絵図が展開されていくのです。 今流行りのシチュエーション・ホラーですね。  今は亡き怪優デニス・ホッパーが温厚な老神父を演じて秀逸です。 オチは予想どおりで、全体的に凡作の感が否めませんが、デニス・ホッパーがスパークするかと思いきや、わりと抑えた演技に終始したのがご愛嬌です。 シチュエーション・ホラーは最近乱発気味で、元祖の「SAW」シリーズも6作目ともなるとだんだんお笑いになってきました。 このジャンルはそろそろ終いにしたらどうでしょうか なお、同タイトルの作品で10分おきに死んでいく映画とは別物ですのでご注意ください。NINE -ナイン-  こっちが今日観たやつです。スージー・...
文学

電話男

今、インターネットの普及によって見ず知らずの人とコミュニケーションをとることは、当たり前になっています。 今から26年前、1984年に書かれた「電話男」は、電話によって赤の他人たちとのコミュニケーションを図り、それによって彼我ともに癒される存在を描いて秀逸です。 電話男(電車ではありません)は、日がな一日電話の前で、悩める人々からの電話を待つのです。 それはテレクラのような会うことを目的としたものではなく、ただ電話があり、電話男がいて、電話が鳴るのです。 彼らは闇の存在ですが、同じく闇に住むテロリストの標的になっていきます。 対面でのコミュニケーションを阻害する不逞の輩として。 人とのコミュニケーションを求め、それがはかないことを知って絶望する、そして、テロリストに狙われる。 今日のインターネット社会を凌駕する切なくて残酷な物語が、ユーモアを交えつつ加速度をつけて展開されます。 これは某文芸誌の新人賞を受賞しましたが、ずいぶん評価が分かれたそうです。 しかし時代は「なんとなく、クリスタル」だとかニュー・アカデミズムだとかが流行っていました。 斬新なものが受け入れられる素地があったのでし...
社会・政治

市民活動家・菅直人総理

管総理は日本で最初の市民活動家出身の総理だそうですね。 市民といっても、A市に居住するA市民というのではなく、広く様々な活動をする庶民、というほどの意かと思いますが、この市民活動をする主体というのがなんとも怪しげです。 住民運動の場合、特定の地域の利害をめぐって住民が運動するのでしょうが、市民活動というのはあまりにも幅が広く、中には過激な団体の隠れ蓑になっている場合があるから注意が必要です。 また、市民活動といっても、実際の市民の意見を代弁しているわけではなく、いわゆるうるさい少数(Noisy Minority)である場合が多く、その活動の公益性には疑問符がつきます。 当然、選挙に出て当選しないかぎりは民意を反映しているとは言えませんから、純粋に市民活動だけしている人というのは代表性を持ちません。 すると結局のところ、市民活動家というのは、イメージの中に存在する幽霊のようなものです。 ただし、この幽霊が国民の間に出没し、時として世論操作を試みることがあるので厄介です。 それに比べて、民族派とか右翼とか呼ばれる人々、及び革マルとか中核派とか左翼とか呼ばれる人々は、結社を作り、政治活動や破...
社会・政治

阿久根市長、リコールか?

阿久根市長をリコールに追い込もうとする運動が始まりましたね。 市議会への出席を拒否して専決処分を連発してきたのですから、当然でしょう。 目指していることが仮に正しくても、やり方が間違っていれば、民主主義社会では通りません。 政策の中身と同等に、手続きを重視する、というのが民主主義社会です。 面倒な手続きを経なければ物事が進まないことを、お役所仕事などといって揶揄しますが、そのお役所仕事によって、不正な事案の発生阻止が担保されていると言えましょう。 万事遺漏なきお役所といえど、様々な法律規則でがんじがらめに縛られ、仕事が新たな仕事を生む永久機械のような状況では、ミスも起きます。ミスが起きればさらに再発防止策がとられ、ますます仕事が増える悪循環です。じつに滑稽です。 その面倒くささに嫌気がさすのはわかりますが、独裁は許されません。 阿久根市のように市長が独裁的に市政を運営したことで、張り紙をはがしただけで係長が懲戒免職をくらったり、ボーナスがいきなり半分になったり、市長一族が経営する土建屋が予定価格とほとんど同じ金額の札を入れて落札したりするのです。 阿久根市長は住民至上主義を掲げて、自ら...
思想・学問

脱自(ekstasis)

昨日41歳になり、私はあらためて来し方を振り返ったのでした。  実際に存在する私(existence)は、死に向かう一方通行の時間に閉じ込められながら、死に向かう時間を忘れて、あるいは無視して日常の雑事にかまけています。そこにあるのは、ハイデガー言うところの対象化された私です。 様々な日常との関係性のなかで生きている私とも言うべきでしょうか。 ハイデガーは、非対象化した生き方、脱自(ekstasis)を求めます。  これは理論としては面白いですが、実際には無理でしょう。ekstasisは恍惚とも訳され、性的絶頂の意もあります。  三島由紀夫は「絹と明察」という小説で、以下のように簡略に説明しています。 自己から漂い出して世界へ開かれて現実化され、根源的時間性と一体化する。 また、和泉式部の和歌に、 もの思へば 沢の蛍もわが身より あくがれ出づる魂(たま)かとぞ見る という、魂が遊離した恍惚状態を歌ったものがあります。 いずれも脱自(ekstasis)ですね。 私はこれらのことを知識として知りながら、やっぱり対象化した私でしか、生きられません。 また、同じ歌人の歌に、 冥きより 冥き道に...
その他

今日、一つ年をとりました。 今更年をとったからといって、何の感慨もわきません。  昨日、実家からお祝いのウナギが届きました。浜名湖のウナギで、海老仙という会社のものです。 白焼きだったので、つまみとしてわさび醤油で、たれもついていたので、上がりの飯はうな丼にしました。 今まで食ったどんなウナギよりも、脂がのって、絶妙な歯ごたえでした。  ありがたいことです。↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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