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精神障害

不安

毎週のことですが、月曜日は不安と憂鬱に襲われて参ります。  サラリーマンを続ける限り、ずっと続くんでしょうね。 精神病を発症する前も、程度は低かったものの、月曜日は苦手でした。 どこまでが正常な不安で、どこからが病的な不安なのか、内科で行う血液検査のように、数値化できない以上、精神科医といえども、感じ、で判断するしかないでしょう。     セロトニンの異常だとか、扁桃体の過剰反応だとか言いますね。  どっちにしても、脳の機能障害です。  それで精神病薬が処方されます。飲めば確かに効きますが、正常な不安は消えるはずがありません。それは刺されても痛くないようになるようなものです。 今はずいぶん精神的に安定しており、大量の薬を服用しているものの、自覚的には病的な不安や憂鬱はありません。病状の重いときは、とても苦しいものでした。  今、楽になってなお、月曜日の不安を取り除きたいというのは、おそらく不可能だし、考えるだけ無駄なんでしょうね。   不安とは恐れているものに心惹かれていることである。   と、言ったのは、確かキリスト教信者の哲学者、キェルケゴールだったと記憶しています。   神経症の...
映画

イングロリアス・バスターズ

クウェンティン・タランティーノ監督の最新作「イングロリアス・バスターズ」を観ました。 私はカンヌでパルムドールに輝いた「パルプ・フィクション」以来、タランティーノ監督の作品は注意深く観ています。 この映画は、ナチス・ドイツ支配下のフランスを舞台に、ユダヤハンターと呼ばれるSSの大佐、大佐の追跡を逃れ、パリで劇場支配人をしながらナチ高官の暗殺をもくろむ女、フランスに潜入し、次々とナチを暗殺するユダヤ系アメリカ人の部隊を指揮する中尉を描き、おもちゃ箱をひっくり返したような多様な面を持っています。 タランティーノ監督の作品はみなそうですが、好悪が分かれる作品だと思います。 深刻な映画かと思いきや、西部劇のパロディのような喜劇的な場面もあり、これを十分楽しむには、相当の映画通でないと無理だと思います。私にも、多分何かのパロディもしくはオマージュなんだろうけど、何だかわからない、というシーンがいくつもありました。 「座頭市」などもそうですが、端役がばんばん死んでいき、死があまりにも軽く描かれることもこの映画の特徴の一つです。   ただ一つ言えることは、この監督はよっぽど映画が好きなんだな、という...
映画

スプラッター

80年代に、スプラッター・ホラーというのが流行りました。 血しぶき映画、とか言われていましたね。 ホラー好きの私ですが、この分野はあまり得意ではありません。 むやみに人が死んで、血ばかり出て、その上怖くないのですから。 やはり引っ張って、引っ張って、ここぞというところで恐怖シーンが出てくるほうが印象に残りますね。日本ホラーの金字塔、「リング」はまさにそうでした。ハリウッドでもリメイクされましたね。 今日はDVDで「ファナティック」を観ました。 これが正統的なスプラッターでした。 ですから当然、怖くありません。 むしろ爽快感すら漂う、味気ないものでした。 なかなかホラー好きをうならせる、名作は少ないですね。  洋画では「シャイニング」、邦画では「リング」。 この2作を超えるホラー映画、いまだ制作されていないようです。 今日は土曜日、ホラーの名作が作られることを祈願しつつ、久しぶりに一杯やりましょう。ファナティック J.V.D.このアイテムの詳細を見るリング 角川映画このアイテムの詳細を見るシャイニング 特別版 コンチネンタル・バージョン ワーナー・ホーム・ビデオこのアイテムの詳細を見る
仕事

綱渡り

やっと週末をむかえました。 五月の連休明けに復職して以来、休むことなく出勤できています。 表面的には、順調です。 しかし実態は、毎朝、休みたい休みたいと思いながら、休むのは明日にして、とりあえず今日だけ出勤しよう、という気持ちです。 綱渡り、ですかね。 主治医に言 ったら、生きるということは綱渡りみたいなものだから、それでよろしい、と言われました。そんな大きな話をしたわけではないのですが。 まずは、週末を楽しみたいと思います。
思想・学問

如来

如来教という、江戸時代に始まった宗教を初めて知りました。  「如来」という仏教用語を使っていますが、仏教系の宗教ではありません。  如来様は諸仏や神々よりも上におかれ、諸仏や神々は如来様に仕える立場だそうです。  一尊如来きの、という女性が神がかりになり、如来様の言葉を語り、その速記録は266巻にも及ぶそうです。きのは、読み書きができなかったと言います。 私が興味を持ったのは、イスラム教やキリスト教との類似点です。 如来様が絶対の神であること、原罪の意識があること、マホメットのように神がかりから口述筆記で聖典を作ったこと、教祖の死にあたり、人間の苦しみをすべて負う、と宣言したこと、などです。  「さうでやさうでや、みんなの苦しみをおれ一人して引請るのでや」、「我身一分ならこんなくるしみはないがみんなの苦しみを己一人して苦しむのでや」   これが、教祖の最後の言葉です。キリストと似ています。 しかし日本では、この宗教が広がることはありませんでした。今も細々と続いているらしいですが、広く民衆に受け入れられることはありませんでした。   この宗教は仏教を責めることもあり、  「3000年前、...
仕事

涼しい

クールビズとやらで、ネクタイしめんでもいいけどエアコンはなかなかかけてもらいない、という日が続いていました。それが今日はエアコンが効いています。基準の気温を超えたのでしょう。 じつに涼しい。 仕事への意欲が復職後では今日が一番高いようです。職場の快適さは業務能率に大きく左右されるようです。 これなら毎日暑い日が続いたほうが、職場では快適に過ごせることになります。 そういえば環境省は、原則冷房をかけないとか。 それは労働安全衛生法に違反しているのではないかと思います。 真夏に冷房かけずに仕事したら健康を害する恐れがあるんじゃないでしょうか。
映画

独裁と役割

昨夜、ドイツ映画「ザ・ウェーブ」を観ました。 実際にドイツの高校で起きた事件をもとにした話で、ある高校で一週間「独裁」についての実習をやる、というところから物語は始まります。 教師を独裁者に見立て、生徒はそれに従う、という一種のサル芝居をやるわけです。 ところが生徒の中に独裁者に支配される快感に酔い、次第に狂信的になっていく者が現れ、二人の反抗的な少女を除いて、みなが独裁を支持していく、というストーリーです。 教師が意図しない、ロゴだの、独特の敬礼だのを生徒が考えだし、それに生徒は熱狂していきます。制服として白いシャツを着ることを強要し、着ない者を差別します。 もはや独裁者役の教師にも制御できない状態になり、一週間の実習を終え、教師が元の状態に戻そうとして、狂信的な生徒が絶望し、信じられないような悲劇が起こります。  こんなに簡単に集団が結束し、制御不能になるものなのか、と不思議に思いましたが、実際に起こった事件ということですから、人間というのは集団になると何をしでかすかわからない、ということでしょう。 きっと気持ちよいのでしょうね。自分で考えることをやめ、指導者の指示に従い、結束を固...
映画

パラノーマル・アクティビティ

昨夜、部屋を暗くして、「パラノーマル・アクティビティ」を観ました。 製作費百数十万円で、百五十億円稼いだ、というのが売りのホラー映画です。 作りは「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」方式の、出演者の目線からのみ描かれるものです。「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」は最初だったので衝撃的でしたが、いくつもこの方法でホラー映画やパニック映画が作られたせいで、ああ、このパターンか、と慣れっこになってしまいました。 本作は製作費うんぬんのことを抜きにすれば、可もなく不可もなくといった、平凡な映画です。ただ、ラストは衝撃でしたね。前半の退屈なカメラまわしからこのラストめがけて加速していく後半は良かったのではないかと思います。 またもや悪魔がどうちゃら言うのは欧米オカルト・ホラーのご愛嬌です。パラノーマル・アクティビティ ワーナー・ホーム・ビデオこのアイテムの詳細を見るブレア・ウィッチ・プロジェクト デラックス版 クロックワークスこのアイテムの詳細を見る
お笑い

幸福

民主党から改革クラブに移った大江という議員が、新党改革の発足に伴って、衝撃の選択をしましたね。 幸福実現党入党です。 これで幸福実現党は、国会に議席を持つ本格的な政党になりました。 幸福実現党の政策を読んでみると、経済的には小泉改革路線に近いことがわかります。また、外交・安保・教育などは、自民党右派よりですかね。年金・雇用は、75歳定年制など、わりと大胆です。 政策的にはそれほど突飛なものはありませんが、バックについている幸福の科学の建物を見るだけで、また、総裁の著作のタイトルを見るだけで、いかがわしい感じは否めません。 都心部にお城のような教会を建てたり、ブッダやらキリストやら坂本龍馬やら、挙句の果てにはまだピンピンしている鳩山前総理まで持ちだして、「霊言集」なるものを連発したり。いったいその霊言なるものを鳩山前総理は読んだんですかね。もし読んだのなら感想を聞きたいものです。 幸福実現党の本当の姿は、政策を読んでもよくわかりません。 幸福の科学にいたっては、教義らしきものも、生長の家とよく似ているな、ぐらいしかわかりません。 大江議員は両組織の考えに同意したから入党したのでしょうが、...
思想・学問

熊襲退治からAKB48へ

最近AKB48という少女アイドルグループがたいへんな人気を博していますね。グループのアイドル集団というのは今までもいましたが、100人を超えるというのはちょっと異常です。しかも選挙と称して組織内の序列を作っているとか。 秋元康はおニャン子クラブで妻を見つけましたが、今度は愛人でも探しているのでしょうか。 古来わが国では、少女アイドルに熱狂する青少年、というパターンがありました。 最近ではモーニング娘。、ちょっと前ではおニャン子クラブ、その他少女アイドルを数え上げたらきりがありません。とても美少女とは思えない女子プロレスラーのアイドルユニットというのもありました。 十年ほど前からは、サラリーマンのはずのアナウンサーまでがアイドル扱いされたり、アマチュアスポーツの選手が脚光を浴びたり、若くて見た目が良ければなんでも良いようです。 明治後期から大正にかけては、娘義太夫というのが流行り、寄席に書生が大挙しておしよせ、義太夫が佳境に入ると「どうする、どうする」と掛け声をかけたことから、どうする連と呼ばれたそうです。 キャンディーズのファンクラブも全キャン連と呼ばれていましたね。 さらに古くは、平...
精神障害

眠い

なんだか今日はとても眠いです。  午前中は眠気との戦いでした。 昨日は午後10時30分に寝たし、酒も飲まなかったのに、不思議です。  湿気が高いせいかもしれません。 あるいは、仕事が単調なせいかも。  あまり原因は詮索するな、と主治医から言われているので、こんな日もある、くらいに考えますかね。 とりあえず、定時まで、こらえましょう。
精神障害

7年目

我が教育研究行政を担う機関が一斉に法人化して、7年目を迎えました。   海援隊が、おもーえばー、遠くへ、来たもんだ、ふるさと、離れて7年目、と、唄っていたのを思い出します。 要するに7年という期間は、短すぎず長すぎず、感慨を持つのにちょうど良い頃合いということでしょうか。 法人化と同時に、私はうつ病を発症したのでした。つまり、7年目。 最初の年は服薬しながら無理に出勤を続け、翌17年度の8月から半年間、最初の病気休暇をとりました。 18年度に今の職場にきて、起きた事件はこのブログに何度も書きました。 事件についてはもう過ぎたことだからいいのですが、うつ病という診断から躁鬱に代わって、どうも生きづらくなりました。躁というのは元気が出てよさそうなものですが、やたらと腹が立ったり、自分が神様だと思ったり、なんでもできる、という万能感を持ったりして、厄介なのです。 しかも躁のさなかでは自分が異常だと思わないので、派手に浪費したり、賭けごとや風俗遊びをしたりして、躁から醒めたときに、何をしてしまったんだ、と激しく後悔するのです。  今はリーマスがよく効いているのと、自分が上がっていないか、自分を...
思想・学問

思想

昨日、父が昭和30年代から40年代にかけて、「思想」誌上での進歩派の論考を興味深く読んだことと、今はそういう思想はどう解釈されているんだろう、という疑問を聞きました。 私は思想的なことは疎いのですが、進歩派全盛のときに保守派として進歩派の平和論を批判した福田恒存の著作はいくつか読んだことがあります。  昭和50年代後半、日本の保守化が進み、進歩派が勢いを失っていったころ、ある雑誌記者が、福田恒存の正しさが証明された、というようなヨイショをしたそうです。 すると、彼は、自分の論が正しかったから日本人が保守化したのではない、ソ連が怖いから保守化したのだ、大量兵器が怖いからという理由で思想が変わること自体、思想というものの危うさをしめしているのだ、というようなことを答えたと言います。 リアリストというか、物事をいつも冷めた目で見るのですね。 三島由紀夫の死後、三島の右傾化については、三島は常に芸術家として行動した、三島にはなんの思想性もない、という意味のことを言っています。 そういう意味では、私には思想性というものはありません。芸術性すらないかもしれません。 私にあるのは、この世ならぬものへ...
仕事

週あたま

月曜日の朝を迎えました。 睡眠で火照った体を冷水シャワーで冷やし、がっつりと朝飯を食らいました。 復職以来、年休をとっていません。 年休はたっぷりと残っています。 いつ年休を取っても良い、という気持ちで、とりあえず今日は出勤しようと思います。
その他

実家

今日、午後、父の日ギフトを届けに実家に行きました。 東京の東端、江戸川区です。 父は、想像したほど衰えてはいませんでした。 相も変わらず、その口からは、優れた教養がにじみ出るのでした。 今日は、雑誌「思想」の話をしました。 父はこの雑誌を、30年に渡って読み続けた、とのことです。 私は昼休みなどに、全バックナンバーが揃っている、図書館の雑誌をめくっています。 父が若い頃、「思想」は共産主義をめぐって、はげしい論争がくりひろげられていました。しかし今、この雑誌を飾るのは、蛸壺学者による、オナニスト的論文ばかりです。 今になってみれば、理論はともかく、現実社会で共産主義というものを夢想することは空しいばかりです。ただ、ある一時期、日本のみならず世界の若者たちがこの理想を求めて邁進したことは確かです。 今となっては昔のこと。その熱い運動が空しくなってしまったとて、人は日々を生きていかなければいけません。 そして、おのれ一人が熱くなれる運動を求めるほかありますまい。
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