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社会・政治

夫婦別姓

自民党が選択的夫婦別姓よりも旧姓使用の充実を図る方針であるとのニュースに触れました。 なんででしょうね。 ことは選択制なのですから、嫌なら同姓にすれば良いだけの話で、別姓を選べないようにする理由が分かりません。 繰り返しますが、同姓にしたければそれを選べば良いのです。 現在は強制的夫婦同姓で、強制よりは選択できたほうが良いのは当たり前だと思います。 よく家族の絆が失われるなんて寝言をほざくやつがいますが、同じ名字を名乗れば家族の絆が維持されるのなら、世の中に離婚する夫婦が溢れかえっている理由が分かりません。 名字が同じかどうかなんて、家族の関係性にさしたる影響は無いものと考えます。 私はおそらく選択的夫婦別姓法案が通ったとしても、しばらくは同姓を選ぶ夫婦が多いのではないかと思います。 同調圧力というか、変人扱いされたくないというか、そういうのが働いて、様子見になるのではないでしょうか。 それはそれで良いと思います。 選択できるということが重要です。 いずれは別姓が増えていくでしょうし。 我が家は夫婦別姓が成ったとしても、同居人は旧姓に戻すつもりは無いと言っています。 結婚するとき、免許...
仕事

禁断の珈琲

最近呑み過ぎの朝が多く、だるいので珈琲を飲みました。 前はよく飲んでいたのですが、昨年の7月くらいからメンタルの調子が悪く、ずうっと低空飛行を続けている感じで、そんな時珈琲を飲むと緊張や不安が増し、辛いので飲むのを止めていました。 しかし久しぶりに珈琲を飲むと頭がしゃっきりします。 しゃっきりするからこそ、緊張や不安が増すわけですが、今日に限っては大丈夫でした。  そういえば最近マスクをしなくなりました。 ちょっと前まではマスクをしないと下着を着けていないような違和感があったのですが、それも薄らいできました。 マスクにしろ珈琲にしろ、少しづつ正常化していければ嬉しいと思っています。
文学

働けど働けど

今日も今日とて愚かな仕事で一日を過ごしました。働けど働けど わが暮らし楽にならざり じっと手をみる有名な石川啄木の短歌です。これ、給料が上がらず、物価ばかりが上がっていく現代日本のサラリーマンの偽らざる心情ではないでしょうか。私は今年で就職して34年目を迎えます。就職してしばらくはバブルの残滓が残っていて、給料は着実に上がっていきましたが、いつの頃からか、給料の上り幅が千円単位になりました。東日本大震災の際には、国家公務員の給料は一律2%減になりました。仕事で自己実現を図るという奇特なひとならともかく、多くの人は給料をもらうためだけに働いています。建前では社会に貢献したいなんて言いますが、嘘では無いにしろ、労働の主たる動機でも無いでしょう。 34年も働いても、給料は微々たるものです。蓄えは少々ありますから、生活に困るということはありませんが、給料日には給与明細を見てはじっと手を見つめてしまいます。一握の砂・悲しき玩具/

酒呑み

酒の飲みすぎか、今日は朝から眠くてだるい一日となりました。 眠気を吹き飛ばすため、朝、冷水シャワーを浴びましたが、効果は限定的でした。 職場に着いてから始業時刻ギリギリまで車で眠りました。 およそ20分。 そして禁断の珈琲。 普段飲まない缶コーヒーを飲みました。 さらにはリポリタンDも飲みました。 これらカフェインの力で、眠気は無くなりはしませんが、大分薄らぎました。 最近、酒が過ぎているのは自覚していました。 先週の土曜日に行った血液検査の内容もきっと悪いだろうと思います。 それでも止められないのは、帰宅後、少しほっとしたいと思うからです。 少しほっとしたい、がもっと酔いたいに変わり、さらには眠くなるまで呑んでしまいます。 最近これの繰り返しです。 週に5日酒を呑まない月もあったのですが。 酒を呑むのも癖になりますが、飲まないのも癖になります。 酒で頭がクリアで無くなるのが嫌なのです。 酒でほっとしたい頃合いと節酒で頭をクリアに保ちたいと思う時が交互にやってきます。 酒飲みというのは因果なものです。
その他

蛇行する自転車

昨日今日と忙中閑ありという感じでした。 今日は午前中、職場のゲストハウスに置いてある自転車の保険の継続に自転車屋に行った以外は特にすることもありませんでした。 30年ぶりくらいに自転車に乗りましたが、強い向かい風もあり、ふらふらと蛇行してしまいました。 子供のころ覚えた自転車の運転、体が覚えていると思っていたのですが、想像以上に衰えは激しいようです。 自転車屋、片道4キロと微妙に遠く、覚束ない運転しかできない私には、永遠のように遠く感じられました。 疲労困憊した私は途中から自転車を押して歩き、職場にはタクシーで戻りました。 当然、タクシー代は自腹です、 バスで戻ればバス代がもらえるのですが、そんな気は全く起きませんでした。 こんな風にして、易々と出来たことが少しずつ出来なくなるのでしょうね。 義母は今特別養護老人ホームに入居していますが、車椅子に座り続けることさえできなくなっています。 食事の際のわずかな時間と同居人が訪問した際の30分のみ車椅子で、あとはベッドに横になっています。 だんだんと表情が乏しくなり、生きているのか死んでいるのか、いずれにせよこの世とあの世を行きつ戻りつしてい...
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