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思想・学問

ニュートリノ

驚きましたねぇ。 名古屋大学などの研究グループが発表した実験結果。 ニュートリノの速度は光よりも10万分の2早い、と発表しました。 今まで光より早いものはない、というのが常識でしたから、まさに常識破りの大発見。 研究グループは1万6千回も実験を繰り返し、理屈はともかくこういう実態があるらしい、と発表せざるを得なくなりました。 しかもどんな解釈も加えず、他の研究機関での検証実験を広く要請する、という念の入れよう。 研究グループ自体が、非常に戸惑っている様子がわかります。 もし発表が正しいとすると、理論的には過去へのタイム・トラベルが可能になるとか。 光速に近づくと時間の流れはゆっくりになり、光速に到って時間はストップするそうですから、光速を超えると時間をさかのぼる、ということのようです。 そうすると時間の概念への変更を迫られ、それのみならず物理学や科学が拠ってきた大前提が覆ってしまいます。 人間が想像できることで、実現できないことは存在しない、と言ったのは誰でしたか。 しかしタイム・マシンというのは、ちょっと信じがたいですねぇ。にほんブログ村 ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
散歩・旅行

さいたま市

昨日、今日と、さいたま市へ行って来ました。 日帰り圏内の、軟弱な一泊旅行。 自分を甘やかしている感じがして、良いですねぇ。 まずは大宮上陸。 大宮へは、12年前に友人の結婚披露宴を大宮パレスホテルで行った際に訪れて以来です。 大宮駅前はたいそうな賑わいでした。 まずはあるいて20分ほどの、氷川神社へ。 首都圏で最も古く、広大な神社です。 明治維新後にできた官製の明治神宮や靖国神社にはない、清浄な空気があたりをつつんでいました。 スサノオノミコトを祀っているそうです。 全国各地に点在する氷川神社の総元締めのようです。 表千家の偉い人が、神職を相手に献茶をやっていました。 珍しいものが観られました。 広大な神社の奥は県立公園になっていて善男善女が集っていました。 しかも無料のプチ動物園があり、ガキどもと一緒になって動物見物を楽しみました。 サル山では抗争劇が繰り広げられているらしく、ボス猿がある猿を執拗に追い掛け回し、何匹かの長老猿がボス猿をなだめていました。 怖いですねぇ。 ほかに、ハイエナがいました。 なかなかの迫力でした。 それに、やぎとぶた。 まさか氷川神社を目指して結果的に動物を...
映画

オープン・ウォーター 第3の恐怖

「オープン・ウォーター」シリーズ3作目は、「第3の恐怖」と銘打たれています。 前半は前作同様、豪華なヨットでクールージングに出かけた男女が、梯子をかけなかったためにヨットに上がれなくなり、パニックを起こす、という展開ですが、彼らに小さなボートが近寄ってきて、助けられます。 ボートに乗っていたのは全員黒人。 舞台がスペインであることから、北アフリカからの難民と思われます。 黒人たちに助けられてヨットに上がりますが、黒人たちも豪華なヨットに移ってきて、今度は黒人たちに監禁されてしまいます。 水難の次は監禁。 よくよく運の悪いお金持ちたちですねぇ。 前作のほうが純粋に海の恐怖を描いていて完成度は高いと思われますが、今作もまあまあの出来です。オープン・ウォーター 第3の恐怖 ナチョ・ファエルナアルバトロスオープン・ウォーター2 ステファン・バースショウゲートオープン・ウォーター クリス・ケンティスポニーキャニオンにほんブログ村 ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
散歩・旅行

三連休

明日から三連休。 うれしいですねぇ。 明日からは秋の陽気で涼しくなるとか。 街歩きの虫が騒ぎます。 私は山や森林に分け入ると、理由もなく不安になってテンションが下がってしまうので、猥雑な街中を歩きまわることを好みます。 そこでこの三連休は、軟弱にも、埼玉に繰り出し、さいたま市をふらふらしてみようと思います。 都内はずいぶん色々な街で、週末の散歩を楽しみました。 足元の千葉市は当然。 埼玉には昔川越に行ったことがあるくらいで、ほとんどが未踏の地です。 大宮のビジネスホテルをとってあるので、一泊二日で鉄道博物館や氷川神社など、さいたま市の名所を歩き回ろうと思っています。 私の職場にはさいたま市から通勤している人もおり、なんだか申し訳ないようですが、気楽で良いと思っています。 過去、鎌倉、川越、八王子、国分寺、恵比寿と、どう考えても日帰りの距離で軟弱にもお泊りをしています。 ある意味、すごく贅沢なプチ旅行だと思っています。埼玉 (文庫地図)昭文社昭文社まっぷる埼玉 鉄道博物館 川越・秩父’11昭文社昭文社にほんブログ村 ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
文学

狂人日記

色川武大渾身の一作にして遺作となった「狂人日記」。 私は精神病を発症する10年以上前にこの読売文学賞受賞作品を読み、強い衝撃を受けました。 醒めては幻覚や幻聴に襲われ、寝ては悪夢に襲われる、そんな絶望のなかでも、主人公は他者とのつながりを求めます。 家族であったり、同じ入院患者であったり。 時には、精神病院のなかにあっても、人間的な、人とのつながりを感じられる瞬間をもつこともあります。 しかし彼の絶望は深く、自ら死を選ぶことになります。 他者と一体となりたい、という欲求は、彼にとってほとんど唯一無二の欲望のようです。 元気だった頃の私は、そんなものなかな、と思うだけでしたが、精神病を発症して、「狂人日記」に対する読み方が大きく変わりました。 主人公の魂の叫びは、すべて私自身の叫びであって、そういう意味で、私は虚構の狂人と一体となったのかもしれません。 それにつけても精神病というもの、いかにも厄介ですが、自分が精神障害者になってみると、この現代社会を生きていて、精神がどうにかならないほうが不思議に思うようになりました。 結局は自分の立場でしか、物を考えられないのでしょうねぇ。 この小説は...
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