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仕事

一週間

今週も金曜日の夕方を迎えました。 無事5日間、出勤できました。 まずは感謝。 5日間というのは短いようで長いですねぇ。 5日の間には、いやなこともあり、面倒なこともあり。 嬉しいことや楽しいことというのはまずありません。 だからこそ、週末が楽しみになるわけですねぇ。 私の職場にスイスから研究員として滞在しているF氏によれば、ユダヤ教徒やキリスト教徒は日曜日に労働してはいけないんだそうですね。 神様が決めた安息日だからだそうです。 厳密には、収入を得るための仕事だけではなく、料理や洗濯などの家事労働もご法度だとか。 まあ、あまり厳格に守っている人は少ないようですが。 厳格に守っている人は、金曜日のうちに土日食べる分を用意しておくそうです。 なんだか面倒くさいですねぇ。 日曜日には商店もすべてお休みだそうですが、警察や鉄道関係者は働いているのだから、おかしなものです。 また、遊びに出掛けるのは労働ではなく、安息と解され、構わないそうです。 所変われば、で、わが国では土日に自主的に出勤して働くことを尊ぶような風がありますね。 自己を犠牲にして会社のために尽くす立派な行為ということのようですが...
社会・政治

SNS依存

一時期、ネット依存ということが問題になったことがありました。 常にインターネットにアクセスし、情報収集したりメールのやりとりをしたりしていないと不安になる、というものですが、近頃SNS(Social Networking Service)依存ということが問題になっているようです。 具体的には、mixiやFacebook、Twitterなどのメディアを活用するうち、ネット上の友達の数やコメントの数など、いわゆる友達偏差値を気にして、日常生活よりもSNS上での人間関係を重視して現実の対人関係が疎かになったり、Facebookでは実名登録が義務付けられていることから、例えば上司が部下の日常生活を監視したり、プライバシーが守られなくなったりする問題だそうです。  私は意外と新し物好きで、流行っていると聞くと、少しは齧ってみたくなります(ただし、スポーツは除く)。   Facebookは実名登録が求められるので手を出しませんでした。  mixiはハンドルネームで登録できるので少しやってみましたが、面倒くさいので止めてしまいました。 友達も一人しかできませんでした。 Twitterはこのブログと連...
映画

ハンガー

昨夜は「ハンガー」をDVDで鑑賞しました。 目覚めると、古い井戸の底のような、真っ暗な空間にいることに気付いた面識のない5人の男女。 翌日、灯りが灯ると、まさしく大きな枯れた井戸のような空間にいて、ドラム管4本もの大量の水と、鋭利なメスが置かれていることに気付きます。 そして、トイレも。 水だけはいくらでも飲めるけど、食う物はない、という極限状況。 そして、ビデオカメラの映像で、古井戸の人たちを観察する紳士。 クラシック音楽を大音量で流しながら、洒落た書斎のパソコンから、5人を観察します。 時折紳士の子ども時代と思われる映像がフラッシュバックし、紳士は子どもの頃自動車事故に合い、助けがくるまでの何日間かを、運転していた親だか親戚だかの肉を食うことでしのいだらしいことが暗示されます。 すると、5人を古井戸に閉じ込めたのは、極限状況下においては人は誰でも人肉食を行うことを証明したかったのでしょうか。 5人のうち4人はおかしくなっていき、あるいは殺して食い、あるいは殺されて食われます。 最後まで死肉に手をつけない女を見て、紳士はいらつきます。 そして紳士は、女と最終的な決着をつけるべく、古井...
社会・政治

覚悟の引きこもり

東日本大震災から約半年、直後には語られなかった様々な事実が、今になってあからさまになってきています。 その一つに、引きこもり当事者たちはどう避難したのか、ということがあります。 命には代えられないと、決死の避難をして生き残り、今はボランティアとして働き、結果的に引きこもりから抜け出した者。 家族の懸命の懇願にも、津波で命を失うことより外に出て他人と会うのが怖い、と家に引きこもったまま、津波に呑まれて命を失った者。 あわれなのは、引きこもりの息子を最後まで説得し続け、結果、息子もろとも波に呑まれてしまった母親。 引きこもりの問題は長期化し、もう40代、50代の引きこもりが、年老いた両親の年金で暮らしているという風景も、珍しく無くなりました。 一口に引きこもりといっても、精神疾患を抱えている者、そうでない者、コンビニくらいまでなら外出できる者、部屋から一歩も出られない者など、多様です。 引きこもりの家族会は25年も前に発足し、当事者の社会復帰をサポートしてきました。 しかし、どうしても部屋から出られない、という当事者とその家族は、人目を気にしながらひっそりと生きる他ありません。 この問題が...
文学

待つ

近現代の作家はあまたあれど、物語作者としての才能が豊かであったのは、三島由紀夫と太宰治ではないかと思います。 不幸なことに、三島由紀夫は大の太宰嫌いで、ファンも三島が好きなら太宰が嫌い、太宰が好きなら三島が嫌い、という傾向があるように思います。 太宰治の自己憐憫的な甘ったれた点は鼻につきますが、気力体力充実していた壮年期には、見るべき作品がたくさんあります。 一つ、太宰治の特徴として面白いと思うのは、少女もしくは人妻の告白スタイルの短編小説が見られることです。 「女生徒」とか、「待つ」とか。 あまりにも短く、あまり取り上げられることのない「待つ」について感じたところを述べたいと思います。 「待つ」は、毎日家で母親と針仕事をして過ごしている20歳の娘が、太平洋戦争の開戦とともに、家でじっとしていることに罪悪感を覚え、何かしなくては、という強迫観念に駆られ、夕方の買い物帰り、毎日毎日駅前のベンチに座って、何者かを待つ、というお話です。 彼女は人間嫌いで、知らない人とあいさつを交わすことさえ恐怖を感じるというタイプですが、誰かは知らぬ誰かを待たねばならぬ、と決意するのです。 もちろん、そんな...
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