文学 侏儒
昨夜ニュースで民主党代表選挙の様子を見ていて、民主党の国会議員が400人ちかくもいて、その中から一人だけ選ばれるというのは、どういう気持ちがするのだろうと、不思議な感慨を覚えました。 民主党から立候補して落選した人、野党議員、浪人しながら国政を目指す人、そういうたくさんの人の頂点に立つのだから、たいへんなことです。 まして国会議員なんて、いずれ劣らぬ狸ぞろい。 権謀術数や謀(はかりごと)など、お手の物でしょう。 そこで、芥川龍之介の「侏儒の言葉」の一節を思い出しました。 宇宙の大に比べれば、太陽も一点の燐火(りんか)に過ぎない。況(いわん)や我我の地球をやである。しかし遠い宇宙の極、銀河のほとりに起っていることも、実はこの泥団の上に起っていることと変りはない。生死は運動の方則のもとに、絶えず循環しているのである。そう云うことを考えると、天上に散在する無数の星にも多少の同情を禁じ得ない。いや、明滅する星の光は我我と同じ感情を表わしているようにも思われるのである。芥川龍之介です。 続いて、詩人は真理を謳い上げたとかで、次のような正岡子規の和歌を引用しています。 真砂なす 数なき星の その...