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社会・政治

東京でオリンピック?

老害知事、石原慎太郎が性懲りもなく東京へオリンピックを誘致しようとしているやに聞き及びました。  東京オリンピックといえば、昭和16年に開催されることが予定されながら、第二次大戦の勃発でお流れになり、それが戦後経済瀬長を期を一にして昭和34年に開催され、成功しました。 しかし今、日本は借金地獄。 財政が健全で、毎年成長を続けた当時とはあまりに状況が違います。 巨費を投じてオリンピックを行うことには疑問を感じます。 浮いた話のない昨今、派手に一発ぶちかましたいという気持ちはわかりますが、ここは我慢のしどころというものでしょう。
文学

偏愛

私は現代作家のなかでは、小林恭二を偏愛しています。 30年近く前のデヴュー作「電話男」から、彼の著すものはことごとく目をとうしています。 それがうっかりして、一昨年新作が出ていたのを知らず、遅ればせながら読みました。 「麻布怪談」です。 江戸末期、大坂の儒者のせがれが38歳にもなって江戸に遊学のため下ってきます。 当時は田舎だった麻布のあばら家を借り、学問に精を出すでもなく、酒を飲んだり、朋友と語らったり、まことに羨ましいような、自堕落な生活を送ります。 そこに前後して訪う二人の美女。 この世のものとも思えぬ二人の美女に、儒者のせがれは入れ込み、翻弄されていきます。 物語の後半は、まことに奇っ怪なストーリーが展開されるのですが、そこには感傷のスパイスが効いて、切ないラストへと加速度をつけて突き進みます。 私は今日のソーシャル・ネットの隆盛を予言したかのごとき「電話男」や「小説伝」などの最初期の作品を好みますが、「麻布怪談」にも最初期の頃の張り詰めたような緊張感が漂い、十分に楽しみました。 玉のような掌編集「本朝 聊斎志意」にみられた奇妙な味もこの作品から嗅ぎ取ることができました。麻布怪...
映画

モリー・ハートレイ

今日は米国の学園ホラーを鑑賞しました。 「モリー・ハートレイ」です。 モリーは精神を病む母親に殺されかけ、気分を一新するため、父親と二人で引越し、新しい生活を始めます。 母親は精神病院の閉鎖病棟に閉じ込められています。 母親は、モリーが18歳になる前に殺害しなければ、邪悪な存在に連れて行かれると固く信じています。 17歳のモリーは転校した学校でボーイフレンドも女友達もでき、楽しく過ごしていますが、18歳の誕生日が近づくにつれ、奇妙な出来事が続きます。 疲れているだけだと思おうとしますが、事態はそんな生易しいものではなくなっていきます。 チープなストーリーに抑えた演出というのはどうなんでしょうね。 チープならそれなりの盛り上げ方があるように思いますが。 「オーメン」シリーズのような格調高いオカルト・ホラーの路線を狙ったのだとしたら、失敗しています。 まあ、可もなく不可もなくといったところでしょうか。モリー・ハートレイ 血塗られた制服女子高生 スティーヴン・ケイ,ジョン・トラヴィスAMGエンタテインメントオーメン (特別編) グレゴリー・ペック,リー・レミック,デイビッド・ワーナー,ビリー...
社会・政治

個人的見解

先日菅総理が記者会見を開いて原発に依存しない社会を目指す、とぶち上げました。 民主党一丸となってそうするのかと思いきや、閣内からも民主党からも異論噴出。 ついに菅総理はあれは個人的見解だと弁解するにいたりました。 格好悪いですねぇ。 一国の総理がマスコミを集めて記者会見し、それはNHKで生中継されて国民に広く呼びかけながら、じつは身内への根回しも済んでいなかったなんてねぇ。 本来総理大臣が公の場で物を言う場合、個人的見解などあり得ず、すべて政府の意思でなければなりません。 なんだかこういうことが多いような気がします。 ストレステストの時も唐突にぶち上げて、原発再稼動に東奔西走していた海江田大臣は辞任をちらつかせて不満を表明しました。 本当に辞任すればよかったのに。 今や日本国民の多くは、菅総理が居座り続けることにストレスをためています。 国民一人一人にストレステストを実施してはいかがでしょう。 ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
思想・学問

江戸っ子の酒

時代劇なんかを見ていると、そう裕福でもなさそうな下級役人や町人が、昼間っから蕎麦屋や一膳飯屋で一杯やっているところを見かけます。 ぜんたいに江戸っ子というのは仕事が嫌いで、大店の若旦那など、和歌を詠んだり吉原に繰り出したりして身上をつぶし、 売家と 唐様で書く 三代目などという川柳も作られたほどです。 つまり、金がなくて家を売るにも、唐様つまり中国風で看板を書くということで、教養があったということでしょう。 商家などに奉公に出ても、江戸っ子は手を抜くことばかり考えて働かず、番頭になって取りたてられ、のれん分けを許されるのは専ら田舎から出てきた貧乏なのせがれだったと言われています。 その江戸っ子、江戸時代末期には100万樽もの酒を一年間で消費していたというから驚きます。 きっと田舎の水呑み百姓にとっては、酒なんて夏祭りの時と正月くらいしか飲めない貴重品だったでしょうに。 江戸の人口は100万人くらいと言われています。 中には下戸もいたでしょうし、武家の女は酒を飲まなかったでしょうし、子どもも当然飲みませんから、単純に考えて50万人くらいで年間100万樽を飲んでいたくらいの計算になりましょ...
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