文学

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邪宗門の徒

今日は昨日と打って変わって静かに家内にて過ごしました。 今日も気温は高けれど、強風吹きすさび、明日からの仕事の明け暮れに暗い影を落とし、私の心は陰鬱に沈みました。 陰鬱を晴らすのに、運動、酒、寝逃げなどさまざまな方法がありますが、最も即効性があり、しかしその場しのぎでしかない、かねて親しみ続ける詩歌へと逃避しました。 我らは神秘を尊び、夢幻を歓び、そが腐爛したる頽唐の紅を慕う。 哀れ、我ら近代邪宗門の徒が夢寝にも忘れがたきは青白き月光のもとにすすりなく大理石の嗟嘆也。 明治末期、北原白秋が発表して当時の詩の愛好者を驚愕せしめた「邪宗門」の冒頭部分の一部です。 邪宗門とはキリスト教のこと。 当時、西欧の浪漫文学にかぶれた北原白秋が、キリスト教徒という意味ではなく、キリスト教をバックボーンに持つ西欧の文化に心酔する者というほどの意味で、我ら近代邪宗門の徒、と名乗ったと思われます。 この詩集の冒頭部分にかくのごとき一文を高らかに示したことに、耽美主義を標榜する北原白秋の高揚が感じられ、熱にうかされたかのような後に続く詩の数々を予感させます。 この自己陶酔にも似た詩編は、冷静な時であれば鼻につ...
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春の瘴気

今日は朝から憂鬱感、悲哀感がひどく、なんとか出勤はしたものの、動作が鈍いのが自分でも分かり、仕事の手順もいつものように手際よくいかず、これでは使い物にならん、と思って午後から休暇を取って帰宅しました。 よくうつ病患者は雨や冬が苦手だと言われます。 私の知り合いのうつ病患者にも、雨の日は起き上がることすらできない、と嘆く人が何人もいます。 私は雨や冬はなんとも無いのですが、どうも春の気配が苦手なようです。 春愁なんていう言葉があるくらいですから、春になるとなんとなく憂鬱になる人はけっこう多いのではないかと邪推します。 おそらくわが国で最も有名な辞世は西行法師の、 願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ だと思います。 西行法師は死体が隠れてしまうほどの花吹雪を思い描いていたのでしょうか。 月を求め、花に狂った日本的美意識の塊の人だったように思います。 願いどおり、73歳の春、亡くなりました。 一方、春愁という言葉は、春愁秋思という表現で、白楽天の陵園妾に見られます。 春には愁いを感じ、秋には物思いに沈むということかと思いますが、私はどちらかというときらびやかな花鳥風月...
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春一番

昨日の強い南風、春一番だったんですねぇ。 気象庁が発表していました。 私の職場にもちらほら泣きはらしたような目でくしゃみを連発している職員を見かけるようになりました。 私は今のところ花粉症の気は全くないので楽ですが、見るからに辛そうです。 花粉症という名称が一般的になったのはいつからなんでしょうか。 私が子どもの頃はそういう呼び方はせず、アレルギーと言っていたように思います。 さらに言えば、そんなにアレルギーの人は多くなかったように思い出します。 実際に花粉の量がここ数十年で劇的に増えたのか、花粉症と言ってしまえば誰もが納得するから軽くても花粉症を自称する人が増えたのか、よくわかりません。 これからは三寒四温の日が続き、やがて本格的な春が来るんですねぇ。 私が春一番という言葉を知ったのは、7歳の頃流行したキャンディーズの「春一番」という曲によってだったように思います。 石破茂自民党幹事長が若い頃キャンディーズのファンだったと公言しているのは有名な話ですね。 ピンではなく、グループで活躍した少女アイドルの原型だったかもしれません。 今の私には、この歌のように、春だからと言って浮かれて恋を...
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ユートピア

やっと金曜日の午前中の勤務を終えました。 月曜日の朝車の接触事故を起こし、午前中はその対応、午後から出勤して5日間、長いですねぇ。 月曜日の朝、今週は5日間通えるだろうかと、いつも絶望的な気持ちになります。 しかし今週もあと半日。 なんとか一週間働けそうです。 午後は13時半から会議。 しかし直接の担当ではないので気楽なものです。 精神障害発症後、こうやって綱渡りのような日々を過ごしてきたのですねぇ。 感慨無量です。 そしてこれからも。 朝から晩までみっちり働くということは精神衛生上も、肉体の健康からも、かなり悪いことのような気がします。 しかしそれに耐えなければ、飯が食えなくなるとは因果なものです。 世の勤労者の多くが、それら苦役に耐えて、なんとか生活を成り立たせているのかと思うと、働く人すべてが愛おしくさえ感じられます。 トマス・モアの「ユートピア」では勤務時間が6時間でしたか。 今、私の勤務時間は7時間45分。 通勤時間を加え、さらに残業でもすれば、起きている時間の大半を仕事に費やしていることになります。 あぁ、働かんで暮らしていければこんなに嬉しいことはありません。ユートピア ...
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高慢と偏見

年度末が近付いてきました。 この時期、予算の締めやら新年度の準備やらで、なんとなく気分がざわざわします。 今日もそう忙しかったわけではありませんが、なんとなく気が急く感じです。 就職以来、年度末を迎えるのは21回目。 なかなか慣れませんねぇ。 ていうか、毎日早起きして暗くなるまで働くという生活を21年も続けても、慣れるということがありません。 そういう日々に、なんとなく異和感を感じます。 オースティンに「高慢と偏見」という小説があり、中学生の頃読んで貴族というのは気楽なものだと思った記憶があります。 英国でドラマ化されて私はこれを好んで観ていますが、当時の英国貴族というのは、パーティに出たりお茶を飲んだり、ほとんど仕事らしいことを行っていません。 広大な領土の上がりで食っていたのでしょうが、羨ましいかぎりです。 わが国の公家も、かつては蹴鞠をしたり和歌を詠んだり宴会したり、夜な夜な夜這いをかけたり、遊んで暮らしていますね。 圧倒的多数の庶民が過酷な労働に従事することによって生まれた富を簒奪したからこそできたこと。 それに比べて今のわが国は誰もがあくせくと働いて、わずかばかりの涙金のよう...
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